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川口淳一郎「小惑星探査機はやぶさ」

川口淳一郎「カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた 」
 やっぱり当事者が書いたものは面白い。隅々までに当事者でしか書けない表現や思いが散らばっている。
 2010年6月に7年の旅を終えて地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」は当時ブームにもなり、映画が3本撮られ、うち2本は見ている(招待券だったけど)。
 最近、重力や宇宙の本を読み、「はやぶさ」がブームだった頃に、「はやぶさ」が小惑星イトカワに行くためのルートの最大の障壁が太陽や地球の重力だったとの話を思い出し、どうやって航路を計算するんだろうとか、地球スイングバイってどうやってやるのかというようなことが書いていないかなと思って読んでみた。
 航路の計算方法はたぶん難しすぎるせいか触れていなかったが、スイングバイについては「はやぶさ」以前の衛星での実績などが記載してあったが、期待したレベルの記述ではなかった。きっとこれも素人に説明するのは難しいのだろう。

 しかし、本そのものは非常に面白かった。
 中身が良くわかっている先生の授業は話が面白いのだ。

 著者の川口さんは「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーだったが、きっと狭い業界での立場もわきまえ、「はやぶさ」以前のプロジェクト(その多くが最終的な目的を達していないプロジェクトであったが)に従事した先達に敬意を表しつつ記述を始める。

 わずか500mの小惑星イトカワの表面にはいろいろな地名がつけられた。はやぶさが打ち上げられた2003年に寿命をまっとうして落下した日本初の衛星「オオスミ」やロケット基地「ウチノウラ」、JAXAのあるサガミハラ、カモイ(横浜線のね。はやぶさ製造拠点)、フチノベ(これも横浜線、JAXA最寄駅)そのほか国際公認になっていないので名前は記載されていなかったがJAXAのそばのラーメン屋名まで。これは遊びかもしれないが、議論をするうえで名前を付けることが錯誤を防ぐためでもある。

 2005年12月にはやぶさは行方不明になる。ここからがこのドラマの見せ場であるが、川口さんが恐れたのは「年度末」という言葉。お役所は年度予算なので年度末である3月までに見つからないと、その後に見つかる可能性があっても「来年度の予算はないから運用終了して」と言われることだった。このあたりがいかにもお役所。もともと地球帰還の時期をはずしてしまったので、発見できても当初の期日には帰還できず2010年6月が次のチャンスでありそれまで3年分余計に予算を食うことになり、この予算獲得も必要なのだが。
 この行方不明の期間から発見時からその後はやぶさをきちんとコントロールできるようになるまでの運用は失敗した火星探査衛星「のぞみ」の経験を生かしており、「のぞみ」で実施した内容が詳しく書かれている。これを読む限り「のぞみ」は単純な失敗ではなく国際協定によりやむを得ず火星軌道圏外にルートを取らざるを得なかったのがわかる。
 「もう少しというところで惜しくも帰還できませんでした」というのはサンプルリターンが使命のはやぶさでは失敗と同じということを肝に銘じて必至に地球帰還へのコントロールが開始される。

 で、2010年6月に無事に帰還するのだが、意外だったのは、はやぶさ本体が燃え尽き、放出されたカプセルとともに夜空に閃光を引くあの有名なシーンを、はやぶさを運用していた人たちは誰もその場では見ていなかったということ。管制室はインターネット接続はできずTVも置いていなかったのだ。川口さんだけは部屋でインターネット中継で解像度が低い映像を見て、運用しているメンバーにその事実を伝えたという。
 翌日から運用室の電気が消えることになるが、それを見た川口さんは、今ならこの技術を伝えられるのに、具体的なミッションが立ち上がっていないことに焦りを感じる。

 巻末の短歌

 「惑星の いにしえ語る 玉手箱 長き艱難 今ぞ叶えり」(原文ひらがな)

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