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志水哲也「生きるために登ってきた――山と写真の半生記 」

志水哲也「生きるために登ってきた――山と写真の半生記 」
 1965年生まれの志水哲也、執筆当時(2011年4月)は40代の後半。
 彼の著者や写真集は2006年ごろ良く読み、その著書と写真集のいくつかは(珍しく)今でも手元にある。
 氏の山や黒部に関わるきっかけの話は、 「大いなる山 大いなる谷」「黒部へ―黒部八千八谷に魅せられて」などでも一部が語られているが、本作は「半生記」とうたっているだけに幼少の記憶から、高校生の頃、当時の最長の列車「富士」で逃げ出すように西鹿児島(今は鹿児島中央という)まで行きそのまま屋久島、夏休みに南ア全山縦走、北ア全山縦走、そして岩へ、雪へというクロニクルが続き、黒部に至る。前半はその大胆な山行スタイルとは逆に(いや、だからこそか)とても暗い気持ちでいる。もちろん山では至福を感じるときはいくらでもあるが、「このあと、自分は何をすればいいのか」と常に悩んでいる。その姿は基本的には今も続くのだが、山ではなく写真を選び、写真のために地元に住み、出版のためにいろいろな人との交流が始まっていく。
 その頃、NHK「黒部 幻の大滝に挑む」などで徐々にマスメディアでも活躍をし始め、ぼくもその頃から彼の活動を知ることになり、氏の著作や写真集を眺めることになるのだが、その後の活動は知らなかった。

 その後、白神、知床、屋久島(たまたま世界遺産)に的をしぼり、執筆当時は小笠原(のちに世界遺産)にも乗り出す。「厳しい山の写真だけでは写真集ではなく記録集だ」と写真集を最初に出そうとしたころに編集者に言われて、山だけでなく森や花、動物にも目を向けていく。
 刊行が2011年4月であり、東日本大震災、原発事故の直後でもあるため、あとがきに当時の生々しさが残るが、本書の前半で「死んでも登る」が信条で、「よく死なないものだ」と思わせた彼の歩き方が、歳を経るごとにだんだんと死の臭いよりも生の輝きが出てくるのに安心した。

 彼のWEBサイトを見ると、あのすばらしい写真が額装の全紙で5万円で購入できる・・・。

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