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フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」

フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
 以前から読んでみたいと思いつつも・・やっと読みました。リドリー・スコット「ブレードランナー」の原作。
 SFを読まない(椎名誠のそれっぽいのは「アドバード」以外読んだが)ぼくには初ハヤカワ文庫SF。
 発表は1968年、舞台は1992年、映画は1982年に発表されている。
 
 ぼくは映画を先に見たのでその印象が強いが、原作と映画では時代感覚や荒廃した雰囲気は概ね同じだが、原作のほうが多数のテーマを扱っている。SFのせいか比較的物語は淡々と進むがその中でも、執筆当時も現代もそして(暦の上では逆転してしまったが)未来でも普遍的なテーマを扱っている。映画は見せ方の問題もあり、アクションが前面に出ていたが、原作では主人公ディックの内面が詳細に描かれる。ラストは映画よりも原作のほうが良かった。

 「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。この不可解な題名も読み進むうちに「見るかもなあ」と自然に思えるようになってくる。

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小惑星探査機「はやぶさ」の超技術

小惑星探査機「はやぶさ」の超技術
 これは面白かった。
 400ページ近い新書で、冒頭の170ページにわたりプロジェクトマネージャの川口先生が、1993年のプロジェクト立ち上げ前の「サンプルリターン」立ち上げ理由から、発射、到着、帰還までをかなり細かく解説する。この中では、地球スイングバイなどの技術的なものも含む。地球スイングバイは地球の重力を使うと聞いていたので地球方向に引っ張るのかと、今まで思い込んでいたので理解できなかったのだが、公転方向に加速するんですね。なるほど・・・、やっとすっきりした。

 川口先生の解説だけでも読み応えがあるが、以降にそれぞれの技術者が細かく解説していく。
 イオンエンジンとその冗長性、太陽光パネルはなぜH型なのか、姿勢制御、光学複合航法、地形航法、科学観測機器、着地用センサー、サンプラー、救出運用、再突入カプセル、地球のラストショット、探査機ミネルバ
 どれも面白い。
 再突入の時にカプセルが燃えたけど(隕石でもスペースシャトルでも)あれは摩擦熱だと思い込んでいたのだが違うのです。超高速で物体が突入するのでその前面にある空気がよけきれずに断熱圧縮された結果、空気が高音になるのです。ボイルシャルルの法則かな。

 枯れた技術と新規開発技術をどう組み合わせるか、冗長性とバックアップの考え方、予算と重量制限の中でどう実現するのか。

 ちなみに執筆陣の学歴は、NECの二人が私学、JAXAは海外留学のお一方以外は京大3名、東大7名・・・。

P.S 探査機のミネルバの名前を聞くとつい「ミネバ様」とつぶやいてしまう・・・

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大山真人「取締役宝くじ部長―異端のバンカー・片岡一久の生涯」

大山真人「取締役宝くじ部長―異端のバンカー・片岡一久の生涯」
 
 こういう本があるのは知っていたが、図書館にあったので読んでみた。
「半沢直樹」は見てなかったので中身は知らないが、「やられたらやり返す。倍返し」とか言っているところをみると水戸黄門的なやや勧善懲悪的な復讐がテーマでお膳立てとして銀行だったのだろう。
 宝くじは発端は戦費調達や復興資金の調達であり、なんとしても売る、そのための商品企画、宣伝、販路開拓など、銀行の本来業務である預金や融資とは関係ない。むしろ商品だからこそさまざまなドラマになるわけで、そこに破天荒な銀行員が登場してくるのが、事実は小説よりも・・・、という感じ。銀行の話になるとどうしても金にからむ恨みとか役人との癒着とか暗い話が多いが、宝くじは所詮はゼロサムゲームとはいえ、商品を売るための話なのでそういうことがないのがいい。

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志水哲也「日本の幻の滝」

志水哲也「日本の幻の滝」
 先日読んだ著者の「生きるために登ってきた」で存在を知った写真集「日本の幻の滝」を見てみた。
 知床、白神、飯豊、奥利根、尾瀬、菅平、立山、剣沢、大台ケ原、屋久島の滝をテーマにした写真集である。 観光客が歩かずに見られるのは立山の称名滝と船から見られる知床の滝あたりだろうか。ぼくも大昔、観光客のひとりとして称名滝と知床の滝を見た事実は覚えているが、その時の印象などはすっかり忘れている。
 直前に読んだ「生きるために登ってきた」の中でこれらの滝を撮影するための苦労が書いてあり巻末の解説にも掲載されているので、ぼくのような沢の素人が見てもプラスアルファの楽しみがある。
 
 水量豊かな表紙の滝は尾瀬の三条の滝。雪解け水を集めた最盛期の落差130mの滝の様子である。
「三条の滝に比べたら、日光の華厳の滝なんて、子供だましだね」と父が昔よく言っていたのを思い出す。華厳の滝は落差97m。あれより高さが30mも高く、幅は何倍もある。
 そういえば華厳の滝も小学校の修学旅行で見ました。

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大栗博司「大栗先生の超弦理論入門」

大栗博司「大栗先生の超弦理論入門」
 「多くの人たちの理解を阻んできたこれらの「壁」に、『重力とは何か』『強い力と弱い力』(いずれも幻冬舎新書)がベストセラーとなった大栗先生が挑み、誰にでもわかる、しかしごまかしのない説明にチャレンジします」というコピーどおり、特に前半は「この先生の説明は本当にわかりやすい」と感心しきり。だが九次元やこれに時間を加えた十次元というのはイメージできないので、なかなかすっと腑に落ちない。それでも次元を落とす「コンパクト化」や「重力のホログラフィー原理」がわかりやすく説明されていたので、かなりわかりやすい。
 最後の2つの章は「空間は幻想である」と「時間は幻想か」。末尾の「である」と「か」の違いが現時点での学説の立場を表す。重力を含む九次元空間の理論と重力を含まない三次元空間の理論を使って計算しても答えは同じとなり、空間とは二次的な概念であり幻想。一方である観測者には同時に見えるふたつの事象が別の観測者には同時には見えないことは特殊相対性理論の昔から知られているが、超弦理論では時間の向きについてはまだこれからという。

 それと本書の途中にはオイラーの公式が出てきて、この解法も近似的なものともう少し厳密なものが出てくる。その式は数学好きであればよく知られているだろうが(ぼくは数学好きではないので知りません)
1+2+3+4+5+・・・・=-1/12(マイナス12分の1)。
 正の整数を無限に足していくと負の数になるというヤツです。
この公式から超弦理論は次元の数が九次元と決まるようです。

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志水哲也「生きるために登ってきた――山と写真の半生記 」

志水哲也「生きるために登ってきた――山と写真の半生記 」
 1965年生まれの志水哲也、執筆当時(2011年4月)は40代の後半。
 彼の著者や写真集は2006年ごろ良く読み、その著書と写真集のいくつかは(珍しく)今でも手元にある。
 氏の山や黒部に関わるきっかけの話は、 「大いなる山 大いなる谷」「黒部へ―黒部八千八谷に魅せられて」などでも一部が語られているが、本作は「半生記」とうたっているだけに幼少の記憶から、高校生の頃、当時の最長の列車「富士」で逃げ出すように西鹿児島(今は鹿児島中央という)まで行きそのまま屋久島、夏休みに南ア全山縦走、北ア全山縦走、そして岩へ、雪へというクロニクルが続き、黒部に至る。前半はその大胆な山行スタイルとは逆に(いや、だからこそか)とても暗い気持ちでいる。もちろん山では至福を感じるときはいくらでもあるが、「このあと、自分は何をすればいいのか」と常に悩んでいる。その姿は基本的には今も続くのだが、山ではなく写真を選び、写真のために地元に住み、出版のためにいろいろな人との交流が始まっていく。
 その頃、NHK「黒部 幻の大滝に挑む」などで徐々にマスメディアでも活躍をし始め、ぼくもその頃から彼の活動を知ることになり、氏の著作や写真集を眺めることになるのだが、その後の活動は知らなかった。

 その後、白神、知床、屋久島(たまたま世界遺産)に的をしぼり、執筆当時は小笠原(のちに世界遺産)にも乗り出す。「厳しい山の写真だけでは写真集ではなく記録集だ」と写真集を最初に出そうとしたころに編集者に言われて、山だけでなく森や花、動物にも目を向けていく。
 刊行が2011年4月であり、東日本大震災、原発事故の直後でもあるため、あとがきに当時の生々しさが残るが、本書の前半で「死んでも登る」が信条で、「よく死なないものだ」と思わせた彼の歩き方が、歳を経るごとにだんだんと死の臭いよりも生の輝きが出てくるのに安心した。

 彼のWEBサイトを見ると、あのすばらしい写真が額装の全紙で5万円で購入できる・・・。

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花の都公園 2013/10/14

富士山は雲の中

10月も半ばなのに、山中湖・花の都公園(標高960m)にはひまわり。コスモスもあったけど

コスモス


写真

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よしもとばなな「スナックちどり 」

よしもとばなな「スナックちどり 」
 久しぶりのよしもとばなな・・・。9月末刊行の最新刊。
 題名からスナックに出入りするさまざまな人間模様の話かと思ったら、違った。
 両親に先立たれ、スナックを経営する祖父母に育てられたちどりといとこの女二人の旅。旅先はイギリスの南西の端のペンザンス。表紙に描かれる島のようなのは、モンサンミッシェルではなく、作品に登場するセントマイケルズマウント
 これだけだと、女二人の旅日記になってしまうが、ちどりを育てた祖父母が亡くなり、いとこは40歳前になって10年続いた結婚生活にピリオドを打ったばかり。

 よしもとばななってこういうふつうの雰囲気の小説を書ける人だったけ・・・。ストーリーの多様性から言えばもう少し短くてもいいかもしれない感じであり、珠玉の短編集の中のひとつ、という感じがした。
 川上未映子あたりには書けそうにない作品。

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佐藤優「国境のインテリジェンス 」

佐藤優「国境のインテリジェンス 」
 東洋経済に連載している記事が面白いので読んでみた。
 著者は元外務省職員で鈴木宗男事件で連座し、東京拘置所で2年近く独房に入り有罪になった。顔もちょっと怖いし、「外務省のラスプーチン」と言われればそうかも、という雰囲気がある。
 しかし、東洋経済の連載を読む限り、そんな権力とは縁遠く(もともとそんな職位にもついていない)猛烈な量の読書と分析力でインテリジェンス関係の作家になっている。
 本書は題名のとおり外交の話であり、「伏魔殿」外務省に巣食う輩をあぶり出し、一方で有能な外交官を知らしめる。
 惜しむらくは元の連載が「週刊アサヒ芸能」であったせいか、東洋経済に比べてやや品位に欠ける文章が目立つところか。

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村上春樹「シドニー! 」

村上春樹「シドニー! 」
 意識的に避けていた村上春樹のシドニーオリンピック観戦記を読んだ。
 避けていたのは、まずは一般的にスポーツ観戦記に期待できないこと、まとわりつくメディアと魑魅魍魎が好きではない(東京2016は誘致失敗に万歳、東京2020は決まってしまったから仕方ない、自転車ロードレースでも見に行きたい)・・・。図書館でたまたまこれを見つけ、東京2020も決まってしまったし、村上春樹もマラソンやっているし、以前に読んだギリシャとトルコの旅行記「遠い太鼓」も面白かったし、と思い・・・。

 なるほど、さすがだ。
 冒頭に1996年のアトランタでの有森裕子と2000年6月の犬伏(男子マラソン)を置き、本編は9月11日から(開会式は15日)、そして10月1日の男子マラソンと閉会式のあと3日にシドニーをあとにする。エピローグに2000年10月時点の男子マラソン(惨敗)監督、犬伏インタビュー、最後に2000年11月のNYシティマラソンの後の有森裕子で締めくくる。
 1996年の有森は「自分を褒めてあげたい」の銅、2000年女子マラソンは高橋尚子の金、犬伏は途中棄権である。
 この前後の構成あるいは冒頭の有森と犬伏を読んだ時点では、けっこうシビアで暗いのかなと思ったが(だって有森はシドニーに出てないし、男子マラソンの犬伏なんて記憶にないです。申し訳ないけど)、本編に入ると村上らしいウィットにに富んだアイロニーで思わず笑いながら読み進む。シドニー滞在の3週間の間に、原稿作成のための大事なパソコンは盗難されるし、携帯電話はなくすし、1000キロドライブの途中でスピード違反の切符を切られたり、大変だったんだ。
 小気味よいエッセイの中で、オリンピックは退屈だとぼやきながらもオーストラリアの民族問題(アボリジニー)やその他のまじめな話を織り込み、400ページ以上の大部を飽きさせずに読ませる。アボリジニー出身のキャシー・フリーマンが400メートル走で優勝したあとの異様な様子はもちろんけっして日本ではTV放映されなかったであろう(少なくともぼくは見てない)マイナーな競技の順位決定戦まで、村上春樹が筆を執ると意味があるように見えるのはさすがだ。

 こういう視点での観戦記は大変面白いが、残念ながら村上春樹はシドニーで長期の現地取材には飽き飽きしたようで、その後のオリンピックでの記録はない。

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川口淳一郎「小惑星探査機はやぶさ」

川口淳一郎「カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた 」
 やっぱり当事者が書いたものは面白い。隅々までに当事者でしか書けない表現や思いが散らばっている。
 2010年6月に7年の旅を終えて地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」は当時ブームにもなり、映画が3本撮られ、うち2本は見ている(招待券だったけど)。
 最近、重力や宇宙の本を読み、「はやぶさ」がブームだった頃に、「はやぶさ」が小惑星イトカワに行くためのルートの最大の障壁が太陽や地球の重力だったとの話を思い出し、どうやって航路を計算するんだろうとか、地球スイングバイってどうやってやるのかというようなことが書いていないかなと思って読んでみた。
 航路の計算方法はたぶん難しすぎるせいか触れていなかったが、スイングバイについては「はやぶさ」以前の衛星での実績などが記載してあったが、期待したレベルの記述ではなかった。きっとこれも素人に説明するのは難しいのだろう。

 しかし、本そのものは非常に面白かった。
 中身が良くわかっている先生の授業は話が面白いのだ。

 著者の川口さんは「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーだったが、きっと狭い業界での立場もわきまえ、「はやぶさ」以前のプロジェクト(その多くが最終的な目的を達していないプロジェクトであったが)に従事した先達に敬意を表しつつ記述を始める。

 わずか500mの小惑星イトカワの表面にはいろいろな地名がつけられた。はやぶさが打ち上げられた2003年に寿命をまっとうして落下した日本初の衛星「オオスミ」やロケット基地「ウチノウラ」、JAXAのあるサガミハラ、カモイ(横浜線のね。はやぶさ製造拠点)、フチノベ(これも横浜線、JAXA最寄駅)そのほか国際公認になっていないので名前は記載されていなかったがJAXAのそばのラーメン屋名まで。これは遊びかもしれないが、議論をするうえで名前を付けることが錯誤を防ぐためでもある。

 2005年12月にはやぶさは行方不明になる。ここからがこのドラマの見せ場であるが、川口さんが恐れたのは「年度末」という言葉。お役所は年度予算なので年度末である3月までに見つからないと、その後に見つかる可能性があっても「来年度の予算はないから運用終了して」と言われることだった。このあたりがいかにもお役所。もともと地球帰還の時期をはずしてしまったので、発見できても当初の期日には帰還できず2010年6月が次のチャンスでありそれまで3年分余計に予算を食うことになり、この予算獲得も必要なのだが。
 この行方不明の期間から発見時からその後はやぶさをきちんとコントロールできるようになるまでの運用は失敗した火星探査衛星「のぞみ」の経験を生かしており、「のぞみ」で実施した内容が詳しく書かれている。これを読む限り「のぞみ」は単純な失敗ではなく国際協定によりやむを得ず火星軌道圏外にルートを取らざるを得なかったのがわかる。
 「もう少しというところで惜しくも帰還できませんでした」というのはサンプルリターンが使命のはやぶさでは失敗と同じということを肝に銘じて必至に地球帰還へのコントロールが開始される。

 で、2010年6月に無事に帰還するのだが、意外だったのは、はやぶさ本体が燃え尽き、放出されたカプセルとともに夜空に閃光を引くあの有名なシーンを、はやぶさを運用していた人たちは誰もその場では見ていなかったということ。管制室はインターネット接続はできずTVも置いていなかったのだ。川口さんだけは部屋でインターネット中継で解像度が低い映像を見て、運用しているメンバーにその事実を伝えたという。
 翌日から運用室の電気が消えることになるが、それを見た川口さんは、今ならこの技術を伝えられるのに、具体的なミッションが立ち上がっていないことに焦りを感じる。

 巻末の短歌

 「惑星の いにしえ語る 玉手箱 長き艱難 今ぞ叶えり」(原文ひらがな)

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