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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 今までの村上春樹の小説とはかなりイメージが違い、単純に読むだけだと中途半端な印象が残る。いくつかの重大な疑問もそのままだし・・・。これからきっといろいろな解釈本が出ることだろう。それはそれで楽しみである。

 最初の数ページで、何と読みやすいのだ、と驚く。
 「1Q84」も読みやすかったが、あれは物語に読みにくい部分があった。しかし今回は物語も読みやすい。「色彩のない」とは他の登場人物の苗字に色の名前があるのに、主人公にはそれがないこと。「巡礼の年」とはかつての友人がよく弾いていたリストのピアノ曲のアルバムの名前。
 そんなことが冒頭の数ページでわかってくる。
 赤、青、黒、白と並ぶ名前に(その後、灰色も)、学生時代に読んだ庄司薫の「赤ずきんちゃん」シリーズを思い出す(赤ずきんはその後、快傑黒頭巾、白鳥の歌、青髭と続く青春もの)。

 一方で、ストーリーは基本的にはいつもの自分探しで、2歳年上の現在の彼女は「羊」の「ミミ」(より正確には「羊」では「耳専門のパーツモデル」、「ダンス・・」で「ミミ」と命名か)のような指南役。といってもミミのようにこのホテルにしなさいとか霊媒師のようではなく論理的に説得して背中を押すだけ。雰囲気は「スプートニク」のミュウのよう。
 「シロ」はいかにも「ノルウェイ」の「直子」だし、「クロ」は「緑」のようだ。
 主人公がグループから切られた理由もあまりにもありふれている。
 もっとも主人公以外のグループの4人の誰もが「シロ」の言い分を真に信じていたわけではなく、特に「クロ」はさらにその裏も知っていたけれども「シロ」を守ることにその時はもちろん、その後も心血をそそぐ。このあたりの行動はきっと最近の若者には見られないものだろう。アンチテーゼ?

 「グレー」はなぜ唐突に登場して謎を残して去って行ったのだろう。駅長の6本指の話は「袋」につながるのだろうか。そもそも「シロ」は誰に・・・? 主人公は来る水曜日の夜にどうなるのだろう。物語は終わっていない。でも続編は出ないだろう、そんな気がする。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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