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「田舎暮らし」の2冊

いわゆる「田舎暮らし」について対極の本を2冊読んだ。
 かたや、田舎暮らしをして、そのノウハウで出版や講演を業にしているライターであり、当然、田舎暮らし賛成派。厳しいけれどもきちんと準備をして積極的に村にはいっていけば大丈夫という主張で、そのための細かいノウハウを掲げている。TVの企画のようにおいしい面ばかりではなく、むしろ大変な面、重要な面を仔細に書いているので、実際に田舎暮らしをしようという人には良い入門書となるのではないか。
 もう1冊は、定年を迎えて、さあ田舎暮らしだと張り切っているおとうさんに完全に冷や水を浴びせかけることを目的としている。小説家なのでやや書き方に癖があるが、ご指摘ごもっともなことも多い。
 この2冊とも同じ主張は、「田舎暮らしはけっこうお金がかかる」ということ。それと選挙と冠婚葬祭がとても大変だ、ということ・・・。そして下表に示したような差が出る大きな違いは、場所にもよるのだろうが、定年すぎて都会から来て、まともな仕事もせずに趣味にうつつをぬかそうかという移住者に対して、全く価値観が違う土地の人と本当に親交できるのか、ということでありそうだ。

山本 一典「お金がなくても田舎暮らしを成功させる100ヶ条 」
山本 一典「お金がなくても田舎暮らしを成功させる100ヶ条 」
丸山健二「田舎暮らしに殺されない法 」
丸山健二「田舎暮らしに殺されない法 」
著者職業田舎暮らしライター作家
著者住まい福島県都路村長野県大町市
周囲との交際積極的に交際。移住者どおしで固まらない付き合わないで無視されるほうが付き合ってから不幸になるよりまし。価値観が似た移住者どおしのほうが都会の常識が通じる
プライバシーすぐに家に上がりこんでくる田舎にプライバシーはない
犯罪
移住者は狙われやすい(特に外国人から)
冠婚葬祭とても大変だが、親睦を深めるチャンスとても大変。出ないと村八分。農業者でない移住者は村十分になる
場所は地域の中でせいぜい都会人だけの別荘地にしておけ

 まあ、ぼくの場合、腰が悪くて農作業はできないし、価値観の違う人たちと親交しようという心意気はないし、この2冊とも否定している「展望や自然美で場所を決めてはいけない」に反してしまう人なので、せいぜい管理が行き届いて都会人しか住んでいない別荘地帯にしかいけそうにないが、別荘地帯はもともと住居に不適な場所を建築技術でカバーした不便な土地であり、たいていは標高が高くて(海沿いは別)寒い。
 あ、それ以前に資金がないか・・・。

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中沢池公園 2011/6/12


最近、DAHONにちょろちょろ乗るだけで、ロードの乗り方を忘れそうだったので、夕飯前の腹ごなしに近所を走った。
中沢池公園のアヤメはもう少し先かな。
 中沢池公園への道はかの「府中カントリー」ゴルフコースへの道と同じで、辺鄙なガタガタ道に似合わないベンツや緑ナンバーのハイヤーがよく走っている。ゴルフは1回やるといくらか(1万円から3万円?)かかるが、自転車はいくら走ってもそのための料金はかからない、安上がりな遊びだな、と改めて思う。

写真

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伊藤礼「こぐこぐ自転車」

伊藤礼「こぐこぐ自転車」
 チャリ仲間にオススメと言われた本。
 面白い!

 著者・伊藤礼さんはかの伊藤整の息子。伊藤整といえば高校の頃、難解な文章に悩んだ小説家・評論家であり、その息子と知ってビビったが、年齢を感じる穏やかで小気味の効いたチョイわる老人的な語り口がとても面白い。
 まずは年齢。検索すればわかるが著者は1933年生まれ、刊行は2005年でその時、自転車を始めて4年になると書いており70歳近くなってから乗り始めている。たまたま入った町田の自転車屋で、GIANTの24インチの折りたたみ自転車を衝動買いしてから3年の間に6台の自転車を所有して乗り分け、北海道や東北など各地に仲間(平均年齢67歳)と輪行したり自走したりしている。
 ツーリング・サイクリングの本なのにトレーニングのかけらも出てこない。いや正確には、久我山の自宅から甲州街道を新宿まで何回も往復して鍛えているのだが、甲州街道を走る様子を細かく面白く描写しているので、トレーニングであることを忘れてしまう。

 ついでにいえば自宅が久我山で行動範囲が京王線沿線が多いため、ぼく的には土地勘があるためさらに読み易い。小野路でパンクして鶴川まで自転車を押していった話など「電話してくれれば」と思わずにはいられない。

 結局、こういう話はある程度マニアックな人がマニア向けに書く本だろうな、と、先日読んだ、江上剛の本を思い浮かべて思った。あの本が極めてつまらなかったのは、観察している江上さんが対象に対して評価できるほどの知識がないために、立派なものだとか、ありきたりの感想しか言えないところに原因があるのだろう。

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DAHONにサイコン

キャットアイ(CAT EYE) サイクルコンピュータ CC-VT100W
DAHONにサイコンをつけた。速度と距離だけのシンプルなワイヤレスのもの。速度計というよりは積算距離計が目的。1回の走行距離もたぶんそれほどではないのであまり気にしないが、トータルで100キロ走ったら点検とか、チェーンのオイルをさすとかそういうため。

 速度計だけでもワイヤレスだと高額になるが、最近発売になったCATEYE VECTRA Wireless CC-VT100Wは実売2千円ちょっとのワイヤレスで、オートモード(動くと測定開始)のみなので測定漏れがない。

 ただし安価なせいか、ケイデンス測定をしないせいか、センサー部分は前輪右側のみ取付け可となっているので注意。小径車の場合、意外と設置場所が限られる。

 なんといっても画面が大きく、表示文字が大きく、ボタンが大きいのがいい。


本体は操作の関係もあり、ハンドル右側


表示項目が少ないせいか妙に大きく感じる


本体とセンサーの距離制限は70センチなので、センサーの場所は意外と限られる


センサー部分とスポークのマグネットとの距離を5ミリ以内にするためこれも場所が限られる。ただし宣せー部分はタイヤ側に無段階に倒して調整できる

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浅田次郎「マンチュリアン・リポート」

浅田次郎「マンチュリアン・リポート」
 「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」に続く完結編。
 張作霖爆殺事件の真相を追う、ということであるが、最初にこのテーマと知ったとき「え、関東軍じゃあないって話なの?」と意外に思った。しかし関東軍であることは間違いなく、その詳細を調べよという話である。でも、それだけであれば、いくら張作霖つながりとはいえ、前の3作とは少しテーマが異なるのではないか?という気がした。所詮、起こってしまった謀略についていくら真相を解明しても、この3作の続編、完結編にはならないのでは、という意味である。
 しかし、さすがというか浅田次郎はちゃんと続編になるように仕上げている。

 それとこれは重要なことであるが、これはフィクションですよ、ということを明確に示している。張作霖が運命の列車を牽引した列車と会話することで御伽噺であることを明示しているし、最後に龍玉を出すことで、フィクションであることと3部作の最後であることを示している。
 なぜ、それが重要かというと、ここが司馬遼太郎との違いだと思う。

 司馬遼太郎は綿密な調査のうえで独自の司馬史観といわれるものを構築し、それを小説にしたが、あまりによくできたリアリスム小説だったので、読者はそれが真実だと思ってしまった。「龍馬がゆく」然り、「坂の上の雲」然りである。そういうぼく自身、司馬遼太郎には精神汚染されているところは十分あるが、共同幻想にまどわされないようにはしているつもり。

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江上剛の「行って、見て、聞く」―大人の社会見学

江上剛の「行って、見て、聞く」―大人の社会見学
 海洋油田、高層ビル建築現場、JAXA、原発、蒲田の町工場・・・(詳細はAMAZONのなか見!検索で)と、けっこうイイ場所に行っているのだが、記事は平凡だ。
 なんというか、感想とかコメントがあたりさわりがない、誰でも書ける感じ。文章としてはよくまとまっているし、見学施設の評価を低めるものでもなくきちんと伝えているが、相手(施設)に対する評価が表面的なものばかりで、がっかり。
 こういう物に慣れていないのだろうが、泉麻人あたりが書くとかなり違うだろうな、とは思う。

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