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野辺山・清里

 

娘と野辺山に行ってきた。牛を見に・・・
 前日に渋滞予測を見ると出かけるのが億劫になりそうだったが、朝確認するとまだ談合坂の前だけ。
というわけで6時過ぎに出発、国立府中から中央道に乗ると予想どおり、もう少し渋滞は悪化していたが、小仏トンネルの前2キロ、相模湖出口前2キロ程度、で完全に止まるまでではなかった。
 岩殿トンネルを抜けた直後に左を見ると富士山が裾まですっきり見えている。富士山は高いので遠くから上だけ見えても中級山岳の展望はだめだが、裾まで見えると期待できる。
 しかし、勝沼へ抜けて南アルプスを見るとわずかに見える程度だった。

 長坂から途中、谷戸城址公園に立ち寄る。桜がどの程度残っているかなと思ったがかなり葉桜に近くなっていたがシダレサクラやオオシマサクラが残っていた。この場所は開放的でとても気持ちがよかった。
 141号を上り高度を上げるとどんどん桜が咲き始める。季節を遡っていくようで面白い。
 
 最近は八ヶ岳周辺も自転車がそこそこ走っている。まだ9時前だがままちゃりもロードもけっこうみかけた。
 清里界隈まで来ると標高も1300メートルを越え、桜もまだ、という環境になる。気温は9度。

 野辺山の滝沢牧場で牛を見て、清泉寮の隣の八ヶ岳自然ぶれあいセンターに寄ってから帰宅。

 今日はα350にタムロンの18-200をつけて、レンズはSAL35F18を持ってきた。18-200は便利なのでついそのまま撮影してしまうが、SAL35F18で同じ風景を撮影するとレンズの差が出てしまう・・・。やっぱり安物の望遠ズームは明るい単焦点レンズにどうやってもかなわない。

 写真

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杏里@ビルボードライブ東京


会場でもらったANRI(裏面はビルボードのロゴ)の1GB USBメモリ

 26日、六本木のミドタウンにあるビルボードライブ東京で杏里のライブを見てきた。
 六本木なんてヒルズ裏の税務署以外に行くことはまずない・・・。もちろんミッドタウンも初めて。
 大江戸線の地下深~いホームから優に15分かかってビルボードに到着(途中、あ、このインフォメーションカウンターって「ブラタモリ」でタモリが受付のお姉さんに「ここ、毛利藩のお屋敷だったんですよ」って離しかけたところだな、というところを通る・・)。

 WEBのホール図面ではどうにも理解できなかった内部はかなりの高さがありびっくり。3層となっていたが、まさにビルの3階をそのまま吹き抜けにした感じで2階以上の傾斜はかなりある。席は2階だったのでステージを完全に見下ろす形。ステージまでの直線距離は10メートルというところか。
 観客は同世代よりも10歳程度下が多いかな、という感じだが、明らかに上という人たちも1割以上はいる。

 18:37、7分遅れでBack to the basicで開演すると次はいきなりCircuit of rainbowで1階ではすでにスタンディング状態。MCのあとは東京初回公演のせいか曲順が予定と違っていたようでSunner candlesでかわして、Cat's eyeで盛り上がる。このころはすでに二杯目・・・。
 その後、ドルフィンリングやIFとかtotoの曲とかあったと思う。その後でJALのCMソングの「あふれる想い」やらブギウギメインランドとあと2,3曲あって終了。
 あれ、「悲しみが止まらない」も「オリビア」もないぞ、と思ったら、この2曲はアンコール曲でした。アンコール登場時には2階から登場し、ハイタッチ。

 19:50過ぎに終了。1時間ちょっとの短いライブだったが12,3曲を披露、濃いライブだった。

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閑話休題

 それほど熱心なファンではなかったが、杏里はデビュー時、同じ市内の高校の2年下だったこともあり、その頃から聴き始めた。当時はまだユーミンのアルバムもユーミンブランドとミスリムの2枚しかもっていなかった(のめりこむきっかになった流線型80を聴いたのは翌年)。角松敏生はデビュー前、ブレッド&バターは名前も知らなかった。最近はユーミンも昔の曲しか聞かないので、リアルタイムで聴き続けているアーティストの中ではぼくにとっては一番長く聴いているアーティストになった。

 Cat' eyeに違和感を感じたけど(アニメは好きでした)、悲しみがとまらないで機嫌を直したり、聴かない時代もあったが、W浅野華やかなりし頃、思い出したように聴いたりした。
 聴かない時代に製作された角松3部作を最近聴いて、またいろいろアルバムを集めている。

 今回のビルボードライブ東京は昨年2月のマイケルフランクスに行き損ねた因縁のホールであることもあり一度見てみたかった。

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活断層データベース

活断層データベースを見てみた。
 活断層の実線が切れたすぐ先に我が家はあった・・・。
 
 東京海上が国立のコンピュータセンターを移転した理由のひとつに、活断層の真上だったから、といううわさを聞いたことがあるが、少なくとも国立は真上で間違いなさそう。でも、移転先の多摩センターもあまり離れていないんだけど・・・




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猪瀬直樹「東京の副知事になってみたら」

猪瀬直樹「東京の副知事になってみたら」

 作家なので分かりやすく軽快に読める。
 現職なので立場が微妙なせいもあり、??と思うところはあるが、まあまあ面白い。

 ただし、実際に深くかかわった道路公団関連の高速道路無料化の話はさすがに納得させるが、それ以外はやや自慢話的である。都営地下鉄と東京メトロの統合の持論も、過去の税金投入や債務返済計画からの考え方は理解できるものの、紙面が限られていることもあり、納得できるレベルにはない。都営地下鉄のいい加減な社員(公務員?)を毎日見ていると、悪貨が良貨を駆逐するという印象をぬぐえない。オリンピック誘致話もCO2 25%削減話も具体的なメリットや手法の提示がなく理念のみ。
 要するに薄っぺらな新書で書ける内容ではない。詰め込みすぎ。

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尾根緑道の八重桜 2011/4/17

 桜のシーズンを逃してしまったが、町田の尾根緑道に行ってきた。
 
 ソメイヨシノは散りかけていたが、八重桜が見事、シダレサクラもなかなかでまだまだ桜の時期は終わらない。

 詳細&写真

 




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原武史「大正天皇」

原武史「大正天皇」

 前半では大正天皇に親しみが沸き、後半ではその運命に哀しさを感じる。

 大正天皇といえば遠眼鏡事件。国会の開会の勅語のあとに勅語の原稿を棒状にまるめて、望遠鏡をのぞくように議場を見回した、という事件で、大正天皇に精神・知的いずれかあるいは両方で異常があったという証左とされる話である。
 しかしこの話、実は昭和30年代になって出てきた話しであり、二人の証言者の記憶どおりであるとすれば、それが史実と一致していないことを著者は冒頭で記述している。一人の証言は事件を1912年としているが、これは大正時代になったばかりで、天皇は全く元気。別の証言は1920年としているが、この時期はすでに重病であり公務は後の昭和天皇が摂政として行っており公式の場に大正天皇は姿を見せない。
 当時の勅語は巻物であったから発言を終え元通りに丸めたときに、丸まり具合を確認するために中をのぞいたことはあるかもしれず、後代になって天皇の精神状態を印象つける目的の風説であった可能性が高いようだ。

 大正天皇は病弱であったことは確かで、転地療養をかねて皇太子時代に全国を視察することになる。皇居の中で暮らすよりも外の空気に触れることが良かったようで健康も回復し、また規律を好まない当時の皇太子は、予定していたスケジュールを意図的にはずしてみたり、平民に話かけてみたりというハプニングを楽しんでいたようだ。
 ところが天皇になってしまうとそれは許されない。すべては周りの決めた規律とスケジュールで縛られる。それが天皇には合わなかったのか天皇になってから徐々に体調は悪化し、からだが動かない、言葉がうまく話せない状態になってしまう。国家元首、大元帥である天皇をその姿のままで臣民の前に立たせるわけにはいかないと考えた元勲たちは半ば無理やり「押し込め」をはかり裕仁皇太子を摂政にしてしまった。
 というのが著者の主張である。

 ついでにいえば大正天皇に次男の秩父宮が生前の父について「皇太子のころは元気でいい父だった」と語っているのに対して長男の昭和天皇は明治天皇を理想とすべしとの教育・思想を叩き込まれたせいか、終生父について語らなかったことも大正天皇の風説が語られ、どんな天皇だったかという記憶が国民の間にも残っていないひとつの理由だと言いたいようだ。

 原武史の一連の著作を読むと、どうもこの著者は昭和天皇があまりお好きではないようだ。

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藤垈の滝の水芭蕉と神代桜 2011/4/10

山梨県笛吹市境川町藤垈(ふじぬた)にある「藤垈の滝公園」で水芭蕉を見たあと、3年ぶりに北杜市武川山高の神代桜を見に行った。あいにくの高曇りで甲斐駒や八ヶ岳は見えなかったが、桜に加え、もう終わったはずの杏やまだ早いはずの桃も各所に咲いておりなかなか見事だった。


詳細&写真

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乞田川の桜 2011/4/7

 昨日、病院通いの休みだったので、娘と一緒に近所の乞田川の桜を見てきた。
今週末あたりが満開のようだが、天気が悪そうなので、7分から8分咲きだったが見てきたというわけ。

 この小さな川の周りには最近、大小のマンションが建っている。
 昨年、ある不動産会社から、マンションの広告チラシに写真を使わせてほしいというメールが来たことがあった。地元なんで毎年行ってますが、もう少しまともな写真もほかの人のサイトにはあっただろうけどね。

その他の写真

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佐藤正久「ヒゲの隊長のリーダー論」

ヒゲの隊長のリーダー論

佐藤正久「ヒゲの隊長のリーダー論」

 言いたいことはわかるし、ご主張、ご説ごもっともなんだけど、たぶん口述筆記と思われる感情的な記述と詳細な説明がないお話。
 量的にもわざわざ一冊の本にするほどでもない。

 重要な主張をしているので、もう少し体裁や文体を整えないと単なる野党の僻みになってしまいそうなのが残念。

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多根清史「ガンダムと日本人」

ガンダムと日本人 (文春新書)

多根清史「ガンダムと日本人」

 期待しないで読んだらそれなりに面白かった。
 ザク=零戦 ガンダム=戦艦大和?? なに小沢一郎がシャアだと、と普通は目次を見て買わない。

 とりあえず冒頭のジオン公国=大東亜共栄圏を我慢して読んでみると上記の零戦、シャアもなんとか読み進めることができる。シャアに擬せられたもうひとりは原作者の富野であるが、こちらの話はまあ面白い。
 いずれにしても、出てくる話題が百花繚乱でまとまりがない。零戦から「大空のサムライ」の坂井三郎に飛んでしまい、しかも零戦そのものは実は職人技に依存する製造体制であり、ジムともザクとも共通点がない。全般的には破綻はしていないようだが、細かいところを見ると破綻というか深読みというか、こじつけ過ぎだろう。

 ガンダムを知らない人は読めないし、マニアが読めば怒るだろう。
 著者は震災までは世間を騒がせていた前原さんと同じ京都大学高坂ゼミ出身。この有名ゼミ出身らしいといえばらしい。

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尾根緑道 宴の前 2011/4/3

 近隣の桜の名所、尾根緑道の状況を見に行った。
 菜の花は準備OK、早咲きのソメイヨシノの元、都知事の警告もなんのその、すでに宴もちらほら。

 長池公園付近は濃いピンクのヒガンザクラ?が満開でした。


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城山かたくりの里

AF=100mm F=3.2
 
AF=50mm F=2.8
 
AF=35mm F=3.2
 

 冬の寒さのせいか去年よりも10日ばかり遅い開花の「城山かたくりの里」へ行ってきた。
 待ちに待ったという感じのカメラマンが大勢繰り出していた。まあ、そのひとりなんですが。

 レンズ交換するのが面倒なのでα350には100マクロを、α300には35ミリを、交換レンズとして50マクロを持っていったが、やっぱり楽。

写真

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