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夏目漱石「こころ」

夏目漱石「こころ」 最近、村上春樹ものを再読し、けっこう新たな発見があるので、本棚の奥から夏目漱石「こころ」を再び取り出してみた。
 「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」の3部(メインは半数を占める「先生と遺書」にある)の量をみるとその不均衡さに気がつく。
 冒頭の「先生と私」は導入部であり仕方ないが「両親と私」がかなり短く、しかも危篤の父を置いて「先生の遺書」を懐にして実家を飛び出してしまうのがいかにも中途半端だ。その後、父がどうなったのかの記述は作品にはない。この疑問は巻末の解説を見て納得した。要するにこの小説は未完成なのだ。とても長くなりそうだと漱石はあきらめてしまい、その後を書くかどうかを悩んだすえに書かないことにしたということらしい。

 結末を知ったうえで読み始めると「先生」と妻とのやりとりや「先生」の「私」への言動には結末に至る布石が随所に打たれている。「両親と私」では乃木将軍の殉死の新聞記事が登場する。
 メインの「先生と遺書」では戦争未亡人の「奥さん」とその「お嬢さん」がとても生き生きと描かれている。時代でいえば「坂の上の雲」と同じなのでイメージを描きやすいこともある。それにしても夏目漱石の言文一致書体は明治の作家とは思えぬほど読みやすい。江戸の名残を残す東京市内の具体的な地名で描くこのあたりは、村上春樹よりも読みやすいだろう。

 Kの自殺の原因を生涯、妻に隠しながらも、乃木将軍の殉死をきっかけに明治という時代に殉死することを選んだ「先生」の行為は自己矛盾だらけであるが、ありていにいえば「抜け駆け」しただけでこのような精神的な重荷を一生背負い続ける現代人はいないだろう。

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