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GX200を使ってみた

自動開閉キャップをつけた ハイエンド・コンパクトデジカメと呼ばれるリコーGX200を購入した。
 最初はLX3を調べていた。LX3がF2.0というホントにコンデジかよ、という明るいレンズで、暗いところにも強く、高感度での画質が良いところに惹かれたが、ズームが60mmまでなこと、ちょっと高いことや納期がかかるのが難点。
 一方、GX200はLX3の長所が短所でもありまるで性格は逆。高感度での画質がノイジーなこと、レンズはF2.5までなことがやや難点であるが、人物や室内でのスナップを撮ることが少ないぼくにはノイズの問題はあまり関係なく、今まで使っていたCaplio R6と似た操作系のGX200にした。>
 まあ、ズームは72mmなので遠望撮影は無理だが、200mmを使うシーンは年に1,2回しかないし、その時はデジ一眼をかついで行く。

 というわけでGX200と自動開閉キャップを購入。ついでにミニ三脚とレリーズ代りのケーブルスイッチCA-1も購入した。
 最初は何回やってもぼけた写真になり悩みましたが、ああ、手ぶれ補正能力がCaplio R6と同レベルなんだと気がついて決着。あぶない場面ではミニ三脚をつけて見るとか、そこまでしなくてもケーブルスイッチでシャッターを切れば大丈夫。撮影した画像をその場で拡大して見る方法もわかったのでその場で確認、やり直しできます。

【良かった点】
ボケ味:F3以下ならボケ味もかなりよく出る。

ホワイトバランス:AUTOで十分なのがありがたい。季節により桜や紅葉では違うかもしれないが、最近の雨、曇りかちの天気の下での緑は絶妙である。RAWで撮ろうが何であろうが、色調補正、色温度補正をするとなんかインチキしているような気になるけどそれをほとんどしないで済むのがありがたい。RAWと同時記録のJPGを見るとRAWもいらないような気がする。
バッテリー容量:RAW1:1撮影でざっくり200枚くらいだろうか。それほど持ちは悪くはないものの、念のためROWAで代替品を購入した。

【使って便利】 

 ・自動開閉キャップ LC-1:必須です。デジ一眼のときははずしてキャップをどこに入れておくか悩み、撮影を中断したときにキャップを閉めわすれることがよくあったんで。ただしキャップには隙間があるので埃には注意が必要。
 ・ケーブルスイッチ CA-1:USB接続のレリーズですね。コンデジはシャッターを押すときにぶれてしまうのでデジ一眼でも購入している。コンデジのくせにこういうパーツがあるところがGX200は凄いな。もちろん半押しもできる。電池駆動で使うときに電源を入れるのがちと面倒。ちょっとちゃっちい
 ・1:1撮影。画面比を1:1の正方形で撮影するモードですが、いきなり気に入ってます。被写体によっては全然使えないんだろうけど、自然相手だとこれけっこう便利です。ファイル容量も少ないし。

 ・電子水準器:自分がいかに斜めに撮影していたかわかります。従来は加工時に回転させて補正しましたがその必要がなくビシっと水平が出る。気にしすぎると良くないけど。
 ・ボタン配置と機能:ファンクションボタンなどのプリセットボタンの機能とボタンの位置はよく考えた位置にボタンがありとても使いやすいです。いろいろ設定できるのもCaplio R6と同じで便利です。
 ・ポップアップのフラッシュ:一眼と同じであげないと光らないので、AUTOにしておいても予定外で光ってびっくりすることがない。
 ・ディストーション補正:広角時の両端のゆがみを補正して平らにする機能。そんなもんどうでもいいじゃんと思っていたけど、やっぱり遠景を撮影したりするとき便利。

【良くない点】

 ・今のところないです。

写真はこちら
夜間撮影テスト

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桜ヶ丘公園とゆうひの丘


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聖蹟記念館
あじさい

ゆうひの丘
記念撮影


デジカメGX200のテストのため桜ヶ丘公園と帰りに最近耳すまファンに人気があるらしいゆうひの丘に寄ってきた。
 GX200は最初ピントが合いにくいと思ったが、ピントが合いにくいのではなくて手ぶれ補正が弱いということだと理解した。要するにちゃんとシャッターを切らないといけない。ちゃんと切ればちゃんと撮れる。しかもきれいな写真が撮れる。

 詳細&写真

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中沢池公園カメラテスト


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 700×28Cに履き替えて初めてちゃんと乗りました。やはり気持ち軽いです。劇楽にはならないけど坂などでは違う。それと下りなど高速時に安定している。中沢池公園で走行1000キロを狙ったが、997キロだった。帰宅途上で1000キロ。
 新しいデジカメ、GX200。なぜかなかなかピントが合いません。もちろんピンという合焦の音はしているんですが・・・。合えばリコーらしい落ち着いた色合いの良い写真が撮れます。ピントが合いにくいというような話題はネットにはないので、操作上の問題でしょうか。
 縦:横=1:1の画像はなかなか面白い写真が撮れます。無理に縦位置にしなくてもいいし、余計な部分が入ったら後でトリミングしてもいい。なんと言ってもこの比率がRAWでのファイルサイズが一番小さい。ホント1200万画素なんていらないんですが・・・。
 いちおう、マニア向けのハイエンド・コンパクトデジカメなのでこれから研究というところでしょうか。マニュアルで撮るかなあ。

写真

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堀江敏幸「未見坂」

未見坂
 4月に予約した堀江敏幸「未見坂」の順番が回ってきたので読んでみた。きっかけはネットで読んだこの書評だったような。
 書評の内容も予約した経緯もすっかり忘れていたが、読んだ後でこの書評を読むとなるほどと思える部分が多い。
 短編集である。
 どの登場人物も家族が主体であり、しかもその家族は完全ではない。片親が亡くなっていたり、いい歳をして独身だったり、両親が不仲だったり・・・。そんな境遇ながらもなんとなくほっとする話が多くいずれも読後感が良い。2作めの「苦い手」は上司が酔った勢いで押しつけられた電子レンジを45歳独身の息子が母と暮らす家に持ち帰り初めて母が電子レンジを使ってみるというだけの話であるが、最後のページではなぜかジーンとくるものがあった。
 ちょっと不幸な家族を題材にすると感動作を作りやすいだろうし、文学としては常套手段かもしれないが、しつこくないところがいい感じである。東野圭吾ではこうさらりとはいかないだろう。

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遠山美都男「壬申の乱―天皇誕生の神話と史実 」

壬申の乱―天皇誕生の神話と史実


 「日本書記の読み方」に続き、「疋田智のロードバイクで歴史旅」に触発されて遠山美都男「壬申の乱―天皇誕生の神話と史実 」を読んだ。
 壬申の乱なんて「672年、天智天皇の後継者をめぐり弟の大海人皇子と子の大友皇子が争い弟が勝利し、飛鳥浄御原宮で天武天皇として即位、律令体制が強化された」くらいの記憶しかない。大海人皇子と大友皇子でどちらが天武天皇でどちらが弟だかを区別するのに苦労した・・。まあ、その程度である。
 興味をもった直接的な原因は法隆寺再建をしたのがこの時代と言われていることあたりだが、本書については刊行された1996年からいつか読まねばと漠然と思っていた。
 
 で、まあ読んでみたのだが、記述は時系列に進むが、日本書記の現代語訳、その口語訳から登場人物の出自(そもそも誰だかわからない人が多い)、歴史学的な考察という順番にひとつのシーンが進むのでなかなか冗長ではある。
 しかし、当時は白村江の戦いで日本百済連合軍が大敗して多くの百済人が日本に移住していた時期、大海人皇子は自分を漢の劉邦になぞらえ全軍を赤で統一したという時代でもあり、兵隊も武器、戦法も中国式。まるでレッドクリフのミニチュア版を見ているようで、じっくり読むとなかなか面白い。
 主な戦場の一つが不破の関でこれすなわち関ヶ原そのもの。関ヶ原の戦いや大坂(土ヘンです)夏の陣になぞらえた挿話など読者を楽しませることも意識している。
 その発端(大海人が天智天皇を裏切ったのかその逆かなど)や戦略の成功、失敗など重要な事項ひとつひとつがまだまだ定説がない争いでもあるし、天皇位の争いであるから戦前は高等学校にならないと学習しないという微妙な事件でもあるが、一定の説のもとに映画化すると、けっこう面白い日本版レッドクリフになりそうだと言ったら不謹慎だろうか。

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700x28Cのタイヤ

 今の7.3FXのタイヤは標準の700x32C。

 タイヤを細くすればタイヤが軽くなって走りが良くなるが、乗り心地が堅くなり、段差に弱くなりパンクしやすいというデメリットもある。
 購入元に確認したら7.3FXは25Cまで大丈夫、28Cでも軽くなるし、28Cならチューブも同じで良いと言われた(たしかにチューブは28C-32Cと書いてあった)。単価も標準レベルなら安いので(1本4千円程度)ダメモトで交換してみることにした。 トラブり易い商品だし、多少(数百円)高くても購入元で購入しようということで今と同じメーカー、TREKの系列のBONTRAGER(ボントレガー)のレースライトを購入した。

 funrideのサイトのムービーとか解説本を参考に作業、約2時間!かかって交換を終えた。

 で、近所をちょっと走ってみたけど、最初余りに乗り後心地がいいので失敗に気がついた。というのもあわてて出かけたので空気圧が交換時のままで前輪が70PSI(5BAR)、後輪が90PSI(6BAR)くらいだった。乗り心地がいいはずだ。これではパンクの危険性が高まる。

 適性な空気圧についてはいろいろ意見もあり、ミシュランのサイトを見ると28Cではぼくの体重でも80PSIで十分のようだ。また、こちらでは体重60kgで25Cで95-110PSIとの回答があり、これはミシュランの表とは合わないのだ。

 で、空気圧をとりあえず今までの32Cと同じ、7BARにして再度出発。
 多少のごつごつ感はあるけど、やっぱり明らかに軽い。もちろん体調とかいろいろあるので一概には言えないが、乗り始めの軽さは空気圧のせいではなかった。信号で止まったあとの出発、こぎ始めでは前のギア(3段)が真ん中でないといつもは重いのだが、トップでもあまり力を入れずに出ることができる。微妙な登りでもその差はわずかに感じられた。
 あとは、パンクしないことを祈るのみ。


並べて見るとこんな感じ。左が32C。右が28C。4mmの差はあまり感じない。

交換後はこんな感じ。大きな差はないが、気持ちすっきりしたような・・・。

詳細&写真

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遠山美都男編「日本書紀の読み方」

日本書紀の読み方
 「疋田智のロードバイクで歴史旅」に触発されて遠山美都男編「日本書紀の読み方」 を読んだ。
 大学受験で日本史を選択したわりにはこの時代のことは何も知らない。
 本書の初版は2004年だが、ぼくが学生の頃に習った日本史(の定説)とはかなり違う説が紹介されているのにびっくり。
 まずは神話編。スサノオは姉であるアマテラスに暴力を働いたためアマテラスは天の岩戸にこもってしまうわけだが、この暴力の内容がいわゆるバイオレンスではない。たしかにその後、ヤマタノオロチを退治したりして英雄になるスサノオとアマテラスを困らせるスサノオにギャップを感じていたのも事実。
 次に驚いたのは崇神天皇。この10代天皇は実在の最初の天皇として記憶したが、否定的な説が多いそうだ。で実在した最初の天皇は雄略ということになる。
 継体について触れた箇所がないのが不満であるが、時代は飛鳥時代に飛ぶ。飛鳥時代といえば当然聖徳太子であるが、使用された用語や前後何代かの天皇の仏教感、蘇我氏の動きなどから、十七条憲法は聖徳太子の作ではなく、また作成された時代も飛鳥時代ではなく、大化の改新の後の留学僧・旻(みん)であろうとのこと・・・。
 まあ、ぼくらが学んだ歴史上の人物の画像(たとえば源頼朝や足利尊氏の有名なヤツ)も最近では本人ではないと言われているようだし、そもそも聖徳太子はいなかったとする説すらあるらしいので・・・。

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藤井徳明「ロードバイクの科学」

ロードバイクの科学
 藤井徳明「ロードバイクの科学」―明解にして実用!そうだったのか! 理屈がわかれば、ロードバイクはさらに面白い! を読んだ。
 かなり面白い。
 著者はホンダで自動車の設計が本業。ぼくと同年代だが自転車歴は長くかなりのレース戦績を持つ上級者。
 そんなエンジニアが解説するロードバイクの各種の科学。第1章の抵抗ひとつとっても、空気抵抗そのものの話から人、車体、服装、ホイルの空気抵抗などをかなりの場合は実験値をもとに説明する。途中の数式は理解できないものも多い(だいたい単位になじみがない・・・)が、そんなことを気にしないで結論だけを頭に入れて進めばいい。
 ポジションやサドルの高さなど雑誌でも頻繁に取り上げられる項目もあるが、それらも人の骨格や各種の実験データなどに基づき解説しておりわかりやすい。特にブレーキングに関わる荷重移動やコーナリングの話などはかなり参考になった。それとエネルギーマネジメント、これはレースや長距離を走るときにどの程度のカロリー摂取をどのように行うかを解説しており参考になる。
 あとは安全に走るための説明。特に赤信号の認識の遅さ(視神経から脳が認識するまでのタイムラグ)がこんなにあるとは・・・。
 ホイルの組み立てなどコアな人向けは飛ばして読んだがじっくり読み返してみたい本である。

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絹の道資料館


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 最近読んだばかりの「疋田智のロードバイクで歴史旅」にも出ていた、八王子市鑓水にある絹の道資料館に行ってみた。
 出がけに地図は見たものの細かい場所がわからないので途中のコンビニでnuvi250を自転車にセットし、ここからはナビしてもらうことにした。
 自転車に乗りながらナビの案内の声を聞くのは少し違和感がある。
 「谷戸入り口」という交差点を右折し、大栗川を見ながらやがて「絹の道」の碑がある橋に着く。ここで写真を撮る。さらに登るとナビは分岐で登坂のほうを指示。あれれと思いながら自転車を漕いでいくと谷戸の風景が広がりまもなく資料館に着いた。
 資料館のあるのがこんな谷戸に囲まれた場所とは思わなかった。車の行き交う幹線道路なのかなと漠然と思っていたのだが・・・。
 写真は出版関係でなければ良いというのでカメラ片手にざっと見て回ったが、想像していたよりは展示も立派だった。ぼくが見えいる間に中高年の夫婦が二組来たが、最初にいた老人の団体以外の観光客はそれだけだった。ただ休憩所の机の数を見ると季節によってはかなりの賑わいになるのだろう。

 ちなみにこのあたりの絹成金は江戸か明治の始めまでのことだそうで、明治に富岡製糸工場に始まる品質管理、横浜線の開通によりこの一帯はもとの静寂に戻って行く(ということを先の疋田さんの本で読んだ)。

資料館の前の谷戸資料館入り口

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夢枕獏の奇想家列伝

夢枕獏の奇想家列伝

「疋田智のロードバイクで歴史旅」を読み始めて安倍晴明やらちょっと懐かしい話が出てきたので、読んでみたのが、「夢枕獏の奇想家列伝」

 NHKのTV放送「知るを楽しむ この人この世界 夢枕獏の奇想家列伝」をまとめたもので、玄奘三蔵、空海、安倍晴明、阿倍仲麻呂、河口慧海、シナン、平賀源内を扱う。こちらは字が大きい!。冒頭の年譜は大活字本かと思うほどで、「ロードバイクで歴史旅」を読んでいる途中で通勤の往復であっという間に読んでしまった。
 シナンという人は知らなかったが、オスマントルコ、スレイマン1世に使えた建築家ということでイスタンブールのソフィア寺院を超えるドームを作った人。
 内容的には教育TVでの短い番組のレベルなので、夢枕獏の想いを述べただけでなんということはない。
 安倍晴明の項で五芒星のルーツの話が出てくるが、この本のあとに読み終わった「ロードバイクで歴史旅」では巻末で疋田さんと夢枕獏が対談をしており、五芒星について同じ話を語っていたのが妙におかしかった(非難しているわけではないけど、飲み屋で「それ、このあいだも聞いたよ」ってな感じ)。

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疋田智のロードバイクで歴史旅

疋田智のロードバイクで歴史旅

 久しぶりの自転車本「疋田智のロードバイクで歴史旅」
 「バイシクルクラブ」2005年12月号から2007年5月号までの連載をまとめたものである。

 字が小さい! と、怒るほどではないはずだが、かなり小さく感じる今日この頃。

 全体を妖、言、匠、戦と分けてそれらに関連している場所に輪行していく、というか連載の記事を前記の4つに分けたわけだが、一応題名が「歴史旅」となっていることもあり、その土地に関わる歴史について語りながらの自転車旅になる。もっとも中には話が先行するあまり、これのどこが自転車旅なんだ、みたいな編もあるが。 うちの近隣では八王子から横浜への絹の道をたどるもの。近所(というほど近くはないが、自転車で30分から1時間圏内だろうと思われる)の遣水の絹の資料館かな。あと個人的には幼少時代を過ごした富岡製紙工場。このふたつはもちろん「匠」編に出てくる。
 面白かったのは冒頭の「妖」編。人魚伝説の小浜(あのオバマ市です)、安倍晴明の京都、伊勢神宮の話、いや旅。ついこれらの記事に関係ある本を読みたくなった。

 それとこの疋田さんは、TBSが本業なのだが、TV人の感覚だなあと面白く感じたのが、北関東3県(栃木、茨城、群馬)がマイナーなのは地方TV局がなくて地元をアピールする機会がない、としたこと。それと壱岐でかつてあったイルカ撲殺事件(異常繁殖したイルカを魚を食い尽くしてしまい、困窮した漁師たちが棍棒でイルカを撲殺した事件)で血に染まった海をTVが報道し、世界に流れた結果、牛は殺してもいいがイルカや鯨がはダメだというオリビア・ニュートン・ジョンのような風潮を作り上げたことを取り上げていたこと。このあたりの感覚はメディア人だなと思う。

 さて、自転車本として読んだときはやや物足りない。
 道路状況やサイクリストとしての感想などが、山だらけで苦しんだ対馬と赤城おろしに苦しんだ富岡をのぞくとリアルタイム感というか実感や情報が少ない。これは元の現行が自転車雑誌に連載されたものなので、小道具や走り方など雑誌の内容とダブルものを載せられないというハンディもあるだろう。

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町田谷戸巡り&レンズテスト

より大きな地図で 町田谷戸巡り&レンズテスト 2009/5/9 を表示

先日訪れた鶴見川源泉の泉までの谷戸の雰囲気が良かったので、別ルートで行ってみた。
 同時にヤフオクで800円で購入した思いっきり古いレンズ(MINOLTA 35-80mm F4-5.6)がピンずれするのでどんな感じになるのかのテストをしてみた。

 尾根幹線を途中ではずれて東京国際カントリー沿いの道を行ってみた。ゴルフ場の周囲はなかなかきれいだった。
 谷戸の自然と土地が安いので資材置き場と時々不法投棄がある谷戸の道も一部は道路工事をしており近日中にはかなり通りやすくなるようだ。いいか悪いかはわからないが。
 源流の泉で小休止し、近所のお寺まで行く。当初はここから戻って小野路経由で鎌倉街道をあがるつもりでいたが、先日下った三菱UFJのビルの裏の急坂を登ってみたくなりそのまま登る。途中、自動車とのすれ違いで一度停止してしまったが、短かったので意外と簡単に登れた。

 p.s 心拍計のスイッチを入れ忘れた。

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「秀吉はいつ知ったか―山田風太郎エッセイ集成」

秀吉はいつ知ったか―山田風太郎エッセイ集成

 「秀吉はいつ知ったか―山田風太郎エッセイ集成」という本を表題作に惹かれて読んだ。
 目的語が書いていないが、もちろん本能寺の変のことを、である。
 本能寺の変の発生直後に高松城からの大返しに始まり、天王山・山崎の戦いであっという間に明智光秀を滅ぼすことで、秀吉が信長の後継者の最右翼になるわけだが、本能寺の変、高松城の和議、大返しの決断などが早すぎること、京都に引き返すことができるぎりぎりの位置である高松城で長い戦をしかけたこと、さらには秀吉ひとりでも落とせるのにわざわざ信長の出陣を要請し、それによりその途上で本能寺の変が行ったことなどに言及し、忍者小説の作者にふさわしい推理をはたかせている。

 さて、表題作はそういうわけでなかなか面白いが、他のエッセイで興味を惹いたのが氏の住まいのこと。
 全く知らなかったのだが、山田風太郎は2001年に没するまでのかなりの年月を聖蹟桜ヶ丘の住宅街、桜ヶ丘の山の上に住んでいた。
 エッセイ集の前半のいくつかにこの界隈についていくつかの作品があるが、そのいずれもが、ここがとても暮らしやすいことを書いている。そのうちのひとつには「丘の上の桃源郷」とまで題名をつけている。
 氏が語る住みやすい理由は「ロータリーの一角に、パン屋、そば屋、米屋、八百屋、肉屋、魚屋、仕出し屋、薬屋、床屋(略)郵便局と交番と医者と歯医者がある。これだけあると、日常の生活にほかには何もいらない」「それ以外はぜんぶ住宅だから静か」「この町に用件がある車以外はまあ通らない」「一方で、車で丘を下りて5分ないし10分走ると京王ショッピングセンターあり、そごう百貨店あり、パルテノン公園あり、桜ヶ丘カントリーあり、その上、多摩動物公園まである」ということだ。また別のエッセイでは晴れた日の早朝に見る新宿副都心の風景や夕方の富士山などについても語っている。
 もっとも一連のエッセイが書かれたのは一番最近でも91年なのでそれからもっと変化してはいる。そごう百貨店はなくなったし、ロータリーの周りに今でもこれだけのお店があるのかどうかは確かめていないし、地球屋はもとからない。

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鶴見川源流の泉


より大きな地図で 鶴見川源流の泉 2009/5/4 を表示

自転車やさんに行くため久しぶりに尾根幹線を走った。
明日は雨っぽいし、ふと思い立ち、2001年7月以来、久しぶりに鶴見川の源流の泉に行った。
東京三菱UFJの電算センターの横から竹林を抜けると町田の谷戸になる。
2分前に見た近代的な電算センターのビルはもう見えない。
この先もいたるところに谷戸の風景と水田があり、大都市町田市の一角とはとうてい思えない。
むしろたどりついた鶴見川源流の泉周辺のほうが開けている。泉は8年前とかわらずきちんと手入れされていた。きっとスギさんたちボランティアが定期的に清掃されているのだろう。


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