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横山秀夫「ルパンの消息」「動機」

横山秀夫「ルパンの消息」


 雨の土曜日、無聊の一日を横山秀夫の2冊で過ごした。
「ルパンの消息」は横山の未刊行デビュー作をリライトしたもの。15年前の事件の時効をあと一日に控えてドラマはスタート、時代は自ずと15年前に戻るが、その時代にやはり時効(7年)を迎える事件があった。三億円強奪事件である。
 三億円強奪事件は小学校の時の事件だが、社会人になった最初の勤務地がたまたま事件発生地に近く、事情聴取を受けた上司もいて、事件場所まで連れて行ってもらったこともあった。

 ストーリーは三億円事件とはあまり関係なく進む。やや強引な展開もあるが、途中で何度もヤマ場がありとても面白い。題名のルパンは15年前のおちこぼれ高校生がたむろしていた喫茶店の名前であり、彼らが画策した期末テスト強奪作戦の名前であるが、読み終わって最後になぜルパンの「消息」なのかがわかる。
 三億円事件は誰も傷つけることなくまんまと三億円を盗み、窃盗にあった銀行も当然保険でカバーされ、その保険すら海外への再保険でカバーされたため、国内での実損はないらしい。捜査のための警察等の膨大な人件費が最大の損害であり、見事な完全犯罪に爽快感を感じたり、拍手を送った人たちも多かったことだろう。
 実在の三億円犯人の「消息」を知りたい。

横山秀夫「動機」

 もう1冊は4つの短編集である「動機」
 ミステリーやサスペンスものはほとんど読んだことがないので、こんな短編で話が作れるのかと思ったが、テーマを絞ればなかなか面白い話ができるものだ。2000年の第53回日本推理作家協会賞短編部門受賞作らしい。
 冒頭の表題作「動機」は警察手帳の大量紛失事件で、展開はやや強引ながら少しだけ意外な結末。女子高生殺人の前科持ちの男が匿名の殺人依頼電話に苦悩する「逆転の夏」は日常にありうるちょっとした罠の恐ろしさと人の恨みの執拗さが少し怖い。低迷する地方新聞社で苦しむ女性記者の話である「ネタ元」は上毛新聞社時代の著者の苦悩でもあるのか、公判中に居眠りをして妻の名前を呼んでしまって窮地に立つ判事の物語「密室の人」は訳ありげな美人妻はもらわないほうがいいと言っているのかも・・・。




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横山秀夫「クライマーズ・ハイ」

横山秀夫「クライマーズ・ハイ」
 JAL123便続きで横山秀夫「クライマーズ・ハイ」を読んでみた。
 横山秀夫といえば映画「半落ち」の原作者である。もっとも原作は読んだことがない。気になるのは「クライマーズハイ」という題名。これは「ランナーズハイ」と同様の意味合いで特にクライミング(岩登り)中の事象として言われ、恐怖心が麻痺してしまうことをいう。徒歩による登山ではどちらかというとランナーズハイの状態になることがある。自分の経験では、歩き始めて1時間を経過し調子が出てきた頃と頂上直下でへばっていたのに展望が開けてくる頃か・・・。
 そんな題名も気になって読み出した。単行本は相応のページ数であるが、割とすっと読み終わった。
 123便の事故原因とかにはほとんど関係なく、地方新聞社を描くための材料として大事件である123便の事故を使ったという印象。他紙をいかに抜く(スクープ)か、どんな紙面にするのかについて社内での勢力争いと家庭の問題を独特の筆致で仕上げたもので面白かった。

 しかし、新聞関係の方には申し訳ないが、2008年現在の自分の生活から見ると、スクープも紙面割もなんの意味もない。いまだに多くの家庭あるいは個人は新聞を読んでいるのだろうが、我が家では新聞の購読をやめて久しい。WEBが発達した数年前からもう新聞はいらないなと思っていたが、直接的には配達所の人と年に1回でも接するのが嫌で購読を中止した。物心ついた頃から最近まで日経と朝日新聞が家にあるのが普通だったが、客先で日経新聞のネタを振る必要もない業種では、新聞社のWEBサイトで十分である。ましてや部数のみ世界一の新聞社の重鎮がプロ野球のルールをこねくり回したりしているのは笑止千万である。プロ野球も興味ないのでどうでもいいが。
 あ、有料の携帯サイトは契約してます。朝見る量としてはあの程度で十分ですね。

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米田憲司「御巣鷹の謎を追う -日航123便事故20年」

御巣鷹の謎を追う -日航123便事故20年

 角松敏生に「RAMP IN」というバラードがある。1985年11月のリリース。歌詞カードの最後に小さな文字で「Dedicated to the stewardesses of JAL 123」
 520人の犠牲者を出した単独機では世界最悪の日航ジャンボ機の事故で犠牲になった客室乗務員たちに捧げた曲である。ということに最近気がついて、またこの関係の本を読んでみたくなった。

 この事故は犠牲者の数の多さはもちろん、坂本九ら有名人が乗っていたこと、4名の生存者がいたことなどで今でも飛行機事故といえばこの事故を連想するくらい有名な事故となった。個人的にも(顔は知らないが)同じ会社の人が2名犠牲になったし、大阪に帰る予定の出張者が強引に飲み会に誘われて難を逃れたケースもあったことや、当初の報道で墜落場所が八ヶ岳に近い御座山(おぐらやま)とされていたことなどをリアルタイムに経験していたので記憶に残っている。

 航空機事故の本は柳田邦男「マッハの恐怖」を手始めに一時期かなり読んだが、御巣鷹山の墜落事故については、事故機のコクピットボイスレコーダー(CVR)の録音がネットで出回った頃、断片的に読んだがまとまったものは読んでいない。当時は、4系統の油圧系統が尾翼に集中していたことによる不完全なフェイルセイフによる操縦不能とエンジン出力だけで事故から30分飛行させた乗務員たちの技量という観点でしか見ていない。

 当時の疑惑というか謎は、①事故現場の特定と救助作業開始が遅れたのなぜか、②修理ミスによる隔壁破裂から尾翼が破壊されたという事故調査委員会の報告の根拠となっている機内の急減圧はなかったのではないか(生存者である落合さんとの証言との食い違い)→ 事故報告書はねつ造? → 何のために? → 本当の原因は?
というものであった。

 というわけでAMAZONの評価がよさそうな、米田憲司「御巣鷹の謎を追う -日航123便事故20年」を読んでみた。2005年7月、事故から20年を目前に出版されたものである。DVDも付属しているが図書館では映像作品は貸し出さないのでDVDはなかった。ま、DVDは出来が悪いようだし、まあいいか。

 著者は赤旗の記者。冒頭は事故発生の連絡から墜落場所をさぐるまでのドキュメンタリーでなかなか面白かったが、後半は上記の謎を探るものとなっており、文体もかなり変わる。よく調べてあるし、事故調査委員会の報告も含め他の説も公平に取り上げているが、前半のドキュメンタリータッチとはうって変わって冗長な印象は残る。

 ①については自衛隊が事故原因に関与していたのかどうかを確認するために米軍を含め現場に近づけなかったためではないか、②については、修理ミスをボーイング社が認めたのはジャンボ機全体の構造問題とするよりも得策とのボーイング社および日米の政治的な問題。修理ミスにより隔壁の金属疲労が進み、破裂し、穴が開いて急減圧が行ったために尾翼が大破というストーリーにした。そのストーリーを正当化するには相模湾に墜落した尾翼の部品などは回収して調査はしない、生存者の証言(急減圧発生時には突風が吹き、機内温度が-40度になるはずだがそのような兆候はなかった)を無視してボイスレコーダーの解析もしない事故から4日めで推定原因を発表した。さらには近年、情報公開法が施行される直前の年に当時の資料をすべて廃棄した。というような感じ。
 ②について本当の原因はこの本では断定はしていないが、いわゆる急減圧は発生していなかったとは言っている。原因としては尾翼構造の問題でフラッターが発生し、先に尾翼が破壊されたのではないか。それから徐々に減圧が起こった説を紹介しながらも、整備士たちの推論である、尾翼上部の変形(外的要因による変形)も紹介している。これは尾翼に何かがあたり壊れたというもので、著書では否定しているが、自衛隊の演習中の飛行物体の衝突なども可能性として残すことになるのだろうか。冒頭で墜落地点の情報が二転三転された原因として自衛隊による現場隔離説を著者はあげるが、この間の経緯や自衛隊のヘリなどの行動はいくら昔、雫石の事故(自衛隊機が民間定期航路を横切り民間機と衝突、墜落した)があったとはいえ、ちょっと異常な感じはあった。

 最後に事故調査委員会のあり方について著者は触れている。これについては戦後初の航空機事故の頃から、結論ありき、犯人捜し、構造問題隠蔽体質は柳田邦男あたりの著書でもよく言われていることである。

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服部文祥「サバイバル登山家」

サバイバル登山家

服部文祥「サバイバル登山家」を読んだ。
 1969年生まれだから刊行時(2006年)は37歳。

 電池で動くヘッドランプや時計を持たず、テントはタープのみ、食料は米と調味料以外は現地でイワナや山菜を調達することを基本に歩く。フリークライミングからの発想でなるべく自然に近い形で山を歩く、というのがサバイバル登山らしい。表紙の写真で著者がかじっているのはイワナをおろすシーン。

 南アルプスをこの形で歩いているが、日高全山縦走では、ラジオを持ち込み天気予報はチェックしている。
 日高全山のレポートは最近、志水哲也「果てしなき山稜」で襟裳岬から宗谷岬までの一部として読んだが、志水のやり方は背負えるだけ背負い、食料がなくなれば下山して食料を調達してまた下山地点から入山するスタイル。服部のは基本的に入山したまま。米は多少はあるが、基本的には山菜とイワナで過ごす。だからいつもおなかがすいている。イワナがメインディッシュなのでそれを釣る時間もかかるし、燻製にして持ち歩けるとはいえ、イワナがいない、あるいは釣れないコースには行けないだろう。貴重なイワナをわざわざ食うな、という意見もある。楽しいのかねえ。

 一方、同じ本に収録された冬の黒部横断など厳冬期にはもちろんこの手法はとれない、こちらはサバイバルよりは初登攀が目標。日本の山で未登攀なんてあるのかと思ったが積雪期の尾根単位だとまだあるようだ。まあ、こちらも厳冬期の悪天候下の初登攀ということで、なんか楽しいんだろうか、という感じ。

 クライミングや高所登山を別とすれば、国内の山を歩くだけで飯の種にするにはこういう異彩を放たないと無理なのだろうな、と思う。志水哲也は黒部の写真という材料を見いだし、登山ガイドと山岳写真家の二足のわらじを履くことになったが、この著者はどうするのだろうか。

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生誕100年 東山魁夷展

図録 生誕100年 東山魁夷展の公式サイトでは東山魁夷の絵を壁紙としてダウンロードできる。「残照」をダウンロードして壁紙にしてみたが、ディスプレイのせいか手元の画集3冊と色が微妙に違う。しかも3冊とも違う。本当の「残照」はどんな色なのか気になってでかけた。
 公営美術館の展覧会は17時で終了してしまうことが多いが、この展覧会は木・金・土は20時までやっているので仕事帰りに見に行くことができた。平日10時くらいは入場制限が出る盛況らしいが雨の夕方ということで予想外に閑散としていてゆっくり見ることができた。

 実物の色を見ても、帰宅して画集と見比べられないので図録(2,300円)を購入して、図録の絵と実物を見比べてみた。結論として図録と現物は同じ色である。しかし雰囲気や迫力が全然違う。油絵と違い和絵の具を使った日本画にそれほどの質感があろうとは思わなかったのだが、かなり違う。さらに色は同じなのだが照明の関係もあり全体に暗めでありそれが荘厳な雰囲気を醸し出す。図録の色の再現性は十分だと思うが、写真で言えば原寸とサムネイルの差くらいの迫力の差がある。
 ちなみに帰宅して図録と3冊の画集を比べたがやはり図録とは色が違う。そして図録と壁紙はやはり色が違う・・・。いずれにしてもこれからは図録を東山魁夷の絵のリファレンスにしなければならない。

 さて、すばらしい展示であった。総数150点という規模からそのボリュームは想像していたが、画集ではすべて同じサイズで見てしまう絵がかなりの大きさ、それも異なった大きさであり、それを実感できた。たとえば「月篁」は竹林の上が明るく画面には書いていない上部に月があることを思わせるが、これは画集の小さな画面ではなかなか実感できないが、大きな現物を下から見上げると光を感じることができる。

 驚いたのは唐招提寺の障壁画、第1期の濤声(部分)と第2期の揚州薫風が展示されていたこと。作品の性質上、せいぜいスケッチや試作しか展示されないのだろうと思っていたが、襖絵の現物はもちろんそれを支える建具、手前には奥行き二畳分の畳もあった。濤声は好きな絵であるがこればかりは奈良まで行かないと見られない、あるいは行っても障壁画が見られるかどうかは唐招提寺のwebでもわからない。本物があるがままに近い状態で見られたのでとても良かった。

 展示数も多いので図録も立派である。作品の解説が細かく、上記のとおり印刷の再現性も良いのでこれだけでも価値がある。

 売店では図録のほかに数十万円のリトグラフをいくつも売っていたが、当然見るだけ。
 1枚800円で大判の絵も売っていたが、もう飾る場所もないので、これも見送った。

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新訳 星の王子さま

新訳 星の王子さま

「新訳 星の王子さま」を読んでみたが、旧訳も読んだことがない。もともとは読書嫌いだったので、高校を卒業するまでまじめに読書したことがなかった。だから高校以前に読まされるような名作と言われるものは読んだことがなかった。それ以降に読んだものはそれ以降の年代でも読む価値があったのだろう。

 「星の王子さま」は子供の心を失った大人へのメッセージであるという通説以外に、第二次世界大戦の頃の国際社会への政治的なメッセージだという説もあるようだが、ざっと読む限りは通説でいいではないか、と思う。
 僕的には「大切なものは目に見えない」というよく聴く台詞の出所がこの本だったことを知った程度。
 大人向けのメルヘンに酔えるほど子供心は持ち合わせていないようだ。

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濱 嘉之「警視庁情報官」

警視庁情報官
 警察も交番や町の警察署あたりまでは想像がつくが、警視庁の本庁や警察庁となるとよくわからない。キャリアはいきなり警部補から始まる官僚組織であり、それなりに勉強が得意な人が多いのだろうが、試験勉強ができるのと仕事は違うし・・・・。
 というわけで「警視庁情報官」を読んでみたが、話としては面白いし、警視庁の中身や捜査というものを知るには良いが、小説としてはいまいち、いま2くらい。ちょうど江上剛が銀行小説を書き始めた頃のレベルかな。
 いろいろ表現したい、押し込めたい気持ちが前面に出すぎて、ちょっと乱雑である。

 まあ、このように国家を憂いて日夜勤務する人もいるのだろうし、必要な組織ではあるが、警察への協力者へはにっこり笑って身辺調査で身ぐるみはがすような仕事はやりたいとは思わない。

 主人公がキャリアでないけど早稲田政経から入ったという設定は、所轄の警察署の風景を描くのに必要だったとはいえ、キャリアの設定よりは良いが、仕事の出来も容姿もかっこよすぎて早稲田っぽくない。

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千住真理子のトゥーランドット

G線上のアリア
 キャンセルは効かないので、出かける元気がないという家内の代役で相模大野まで千住真理子のコンサートに行ってきた。
 9月の王子でのコンサートとほとんど同じかなと懸念していたが、「春色のメロディ」と題された今日のコンサートは、曲目こそ重なる部分が多いが、12月に出たアルバム「G線上のアリア」で何回も聴いていたせいもあり、かなり印象が違った。
 もっとも違ったのは、というかヴァイオリンで初めて聴いた「トゥーランドット・誰も寝てはならぬ」。荒川静香の金メダル演技で有名になったあの曲である。聴いていると脳裏にイナバウアーが浮かぶのがちと情けない・・・。
 去年からiPodでよく聴いていたせいもあり、アンコールの2曲を含めすべてが知っている曲だったので、ゆっくりと鑑賞することができた。
 が、やはりツィゴイネルワイゼンが一番良かった。

荒川静香のトゥーランドット・誰も寝てはならぬ

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山高神代桜と八代ふるさと公園

釈迦堂遺跡博物館から
 ままの赤い車がいいと娘は主張したが、カーナビもETCも付けていない軽自動車で遠出はできないのでレガシーで出かけた。
 出発が7時とやや遅めだったのでところどころ混んでいる箇所もあったが、順調に笹子トンネルを抜けると、まだ雪深い白根三山から聖岳までの南アルプスがよく見えたので釈迦堂PAで休憩。遺跡博物館で梅と桜を見て、先を目指す。白根三山がよく見える高速道路の脇にある案内版の北岳の標高も3193メートルに書き換えられている。

山高実相寺 境川PAをすぎると前面にこれも雪深い八ヶ岳がよく見える。
 須玉ICで降りて日野春トンネルを抜けると釜無川のむこうに甲斐駒とアサヨ峰が白く美しい。
 実相寺に近づくと駐車場待ちの渋滞となったが、すぐに入れた。
 水仙は満開、神代桜もほぼ満開。

 その後、山梨農業大学に行ってみたが、桃はまだ咲いていなかった。新府の桃もまだのようだし、この標高ではちょっと早いのだろう。

蚕影桜(こかげざくら)
 ということで桃が咲いているのは一宮御坂あたりということで笛吹市八代町のふるさと公園に行ってみた。ここでは明日6日にお祭りが開催されるので今日でないと車であがれない。
 カーナビどおり甲府昭和ICで降りて信玄公祭りで混み合う甲府市内を抜けて行く。甲府は東京と変わらぬお店が数多く並ぶかなりの都会である。しかしふと遠くを見ると御坂山塊の向こうに富士山がのぞき、振り返れば八ヶ岳、そしてもちろん南アルプスの白い峰も間近に見える。進む先には山頂部分だけが白い金峰山も見える。
 都会の町並みの向こうに間近に雪山が見える感覚はちょっと不思議でもあり羨ましくもある。

八代ふるさと公園では桃よりも桜が元気だったのが予想外だった。古墳公園の横にある大きな桜が「蚕影桜(こかげざくら)」ということを昨日WEBで知った。

写真

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