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映画「陰日向に咲く」

劇団ひとり「陰日向に咲く」

 原作を読んだので映画の方も見てきました。

 台風の接近を告げるニュースを日付入りで流すことで時間の流れを意識させ、クライマックスは台風になるのはまあ、いいかな。

 三浦友和のサラリーマンがなぜホームレスの仲間になろうとしたのかが不明だった。歩道橋を降りてくる姿を見て「モーゼだ」はないだろう。それと彼がホームレスから脱却するきっかけがなくなってしまった。そのために元クラスメイトのアイドルに夢中になる話と他の話の接点がなくなった。
 これが原作とのストーリー上の違和感。

 鳴子の娘がシンヤ(ギャンブラー)の相手役で登場することとシンヤがホームレスにあこがれたサラリーマンの息子であることが原作との一番大きな違いで、これによりひとつの映画としてまとめやすくなったが、鳴子もシンヤもそれによってそれぞれが親と子の問題、テーマを持つことになってしまった。それでなんとなく親と子の絆のようなものがテーマになってしまったが、原作のもつ、ちょっといい話レベルのものが、重いテーマになってしまったように思える。まあ、それはそれで良かったのかもしれないが。ストーリーは同じでも少し設定をいじるだけでこんなに印象が違う作品になるのか、とある意味感心した。

 ああいう流れ話であればシンヤは岡田准一でもいいか、という感じ。原作のイメージならルー大柴とは言わないが、もう少し情けない役の合う、佐藤隆太あたりか。

 原作でも一番違和感があったのが、あの情けない芸人(伊藤淳史)がいくら時代を経たとはいえ、あの堂々とした大ぼら吹きになるものだろうか?? もっとも映画は同じ俳優がやっているので芸人=モーゼなんだが、原作では「アメリカ兵を殴った」というキーワードだけであり、同一人物とは明言していない。

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