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「憲法から見た安保条約」

川村俊夫「ちょっと待った集団的自衛権って?」
 先日見た映画「ミッドナイトイーグル」は北アルプス山中に墜落した横田基地の米軍機に搭載された核爆弾を北の工作員が爆発させようとする話である。総理役を演じた藤竜也はハリウッドでの舞台挨拶で「これは現実の恐怖」だと語った。

 というわけでこの話はどの程度現実性があるのかなと興味が湧いた・・・。
 最初は安保とか安全保障とかの用語と課題のポイントをつかむため、護憲的な人の本を読んだ。こういうことは反体制側のほうが真実を書いていることが多いので。
 川村俊夫「憲法から見た安保条約」(1997年)
 出だしから新憲法の施行以降、前文や9条が蹂躙されていく様子を記述しているが、やや感情的。
 こういう議論は事実を淡々と語るほうが説得性があり、熱く語るほど読者は醒める。

 日米安保条約や自衛隊が憲法と相容れないことは本を読まずともわかるし、「日本共産党以外」の政党がどんどん安保容認、合憲に傾く様子はわかる。ではどこかにとるべき方策の提言があるのかと思ったが、最後のほうに「ソ連という脅威がなくなった」だけで安保も自衛隊もなくしても攻撃を受ける懸念はないというのではあまりに楽観的で能天気。まあ97年刊行なんで「日本共産党以外」の政党を切り捨てる著者もテポドンはもちろん拉致事件が現実のものとは思いもよらなかったのだろうが、自国領土内への直接的な攻撃以外にも石油ルートや商船ルートの破壊やその対策あるいは中東やアジアの情勢というものはこの方の頭にはないようで、憲法の条文を至高のものとして思考しているようで、宗教的ですらある。
 誰だって戦争は嫌だし、自分や家族を戦地に行かせたくない。しかし、話せばわかるの性善説が通じるほど世界は簡単ではない。九条があれば、自衛隊がなければ、安保がなければ平和に暮らせると思うことと、安保があるから、アメリカが守ってくれるから日本は何もしなくていいと思うことにあまり違いはないと感じるが。

 護憲運動そのものの理念には賛成してきたつもりだが、要するに護憲論者って説得力も代替策もなく何でも反対する政党みたいな人たちなのね、と認識してしまう。

 著者は2007年5月に「ちょっと待った集団的自衛権って?」(未読)という著作があるようだが、ユーザーレビューに「日本の周りは(略)安全保障上の脅威が大きい国々で、核兵器も米国以外で3ヶ国が持っています。 このような状況下で共同体構築構想を持ち上げ、九条改憲阻止を訴えられても説得力が感じられません。」とあるので、主張も論法も変わっていないんだろう。

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Tracked on 2007.12.29 at 14:21

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