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飯島夏樹「ガンに生かされて」

飯島夏樹「ガンに生かされて 」飯島夏樹「ガンに生かされて 」を読んだ。
 「天国で君に逢えたら」を読んだあとにこれも読みたいと思いながらも、ガンで死ぬ人の話は率先して読みたくはないなあ、と思っていたが、図書館の予約が回ってきたので、いやだなあ、と思いつつ読んだ。
 で、いろいろな意味で読んでよかった。
 著者である飯島夏樹がガンになってからのブログをまとめたものが本書である。余命宣告を受けてハワイで暮らす日々を描いているが、とても明るいのが最初の頃は違和感すら感じた。
 発病直後にパニック障害、うつ病になったというがそれをどのように克服したかはよくわからないが、周囲の助けを借りて書くことに生きがいを見つけて決して平穏ではない日々を神に生かされているという感謝の気持ちを以って綴っている。夫婦で形だけの洗礼を受けたものの熱心な信者ではないが、聖書にたくさん出てくるよい言葉を二人の共通基盤として、小さな喧嘩を乗り越えている。
 この本がフィクションであったなら、病人がこんなに冷静に自己分析できっこない、できすぎだといわれるだろう。ターミナルケアを考えさせられる本であった。

 ただし映画のほうはどうも作りこみしすぎている印象があり、これを機会に見てみたい、という風には思わなかった。

P.S 書き忘れた。
彼は最後の舞台に大好きなハワイを選んだ。ハワイは言うまでもなくアメリカ。もっとも医療保険の遅れた経済大国である。容態が悪化して救急車を読んでICUに入ると1日2日で無事に退院しても「トヨタのミニバン新車1台分」の請求書が来る。「せめてコンパクトカーくらい」だったらと思う夏樹。ガン患者だから民間の保険には入れないが入れたとしても年間の保険料が5000ドルに1回の診療で2割負担。ミニバン1台がHDDカーナビ1台分に変わるくらいか。

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沢木耕太郎「凍」

 先日NHKハイビジョン特集「白夜の大岩壁に挑む~クライマー山野井夫妻~」で、その後の彼らが2007年夏にグリーンランドの大岩壁を登るドキュメントを見た。
 NHKらしく金と時間をかけて、夫妻とも手足の指がほとんど残っていないが、彼らの普段の生活やトレーニング、登攀器具の改造などを紹介していた。
 グリーンランドの岸壁でも3人(夫妻ともう一人。もちろん他に撮影スタッフがいる)の動きや、トップやセカンドの役割、ロープをどのように使い、どのように荷揚げをするのかなど門外漢でもわかりやすかった。
(山野井さんの時計は当然のようにSUUNTO VECTORでした・・・)

 その彼らは2002年、ヒマラヤ・ギャチュンカン(7,985m/7,952m 異説あり)で泰史が単独登頂に成功したあとの下降時に岸壁で雪崩の直撃に遭う。この事故で夫妻はかなりの数の手足の指を凍傷で失い、以前の事故ですでにかなりの数の手足の指がなかった妻・妙子はわずかに足の指2本となってしまう。この生還劇とその後の彼らの復活の話は、岩や雪とは無縁のぼくでもさわり程度は知っていた。
沢木耕太郎「凍」

 というわけでその詳細を知りたくて、沢木耕太郎「凍(とう)」を読んだ。「凍」は凍傷、凍てつく、であり音としては「闘」である。まるでフィクションのような細かい描写は綿密な取材と構成力の賜物だろう。ノンフィクション作家らしい。

 泰史がギャチュンカンの興味を持ち、出発するシーンから、時代は彼と彼女の生い立ちと山歴の紹介となり、やがてカトマンズへ、それから登頂、事故、脱出、手術、その後となる。
 生い立ちを読むと彼ら二人がやはり天性のクライマーであったことがわかる。ことに凄いのは妻・妙子であり、会計をはじめとした実務能力、気配り、そして度胸、これらだけでも十分にキャリアウーマンになれるだけの能力を持つ。TVで初めて51歳になる泰史より9つ上の姉さん女房を見たときは、どうしてこのふたりは結婚したのだろうかと思ったが、なるほどこの二人だから結婚したのだなと思えた。
 凍傷で指を切る手術は、すでに壊死しているから関係ないかと思ったが、生きている部分の手術もするのでもの凄い苦痛を伴うようだ。しかし妙子は最初の遭難での手術でも泣き言ひとつ言わず、同じ病院で小指を詰めて泣き叫んだヤクザや同じ凍傷で手術をした男のクライマーが見習いたいと見舞いに来たという嘘のような話まである。

 二人のそのときどきの心情は語られるが、ノンフィクションらしく劇的な書き方はけっしてせず、淡々とストーリーが進んでいく。それは雪崩直撃という惨劇でも泰史はもちろん妙子もけっしてパニックに陥らずに厳しいなかで冷静に手段を選択していった彼らの実力と気持ちの反映でもあろう。
 グリーンランドの登攀時の彼らの能力は最盛期の6割程度まで回復しているとのことだが、泰史42歳はともかく、妙子は51歳である。恐るべし。


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ミッドナイトイーグル

高嶋哲夫「ミッドナイトイーグル」

 11月23日に公開された映画「ミッドナイトイーグル」を見てきた。

 なかなか良い出来である。

 原作は高嶋哲夫の同名小説。ネットを見ると山岳小説としてもなかなか良い出来らしい。

 先日、NHKハイビジョン特集「白夜の大岩壁に挑む~クライマー山野井夫妻~」を見て、久しぶりにこの系統の書籍に興味を持ったところにこの映画の公開を知った。舞台は北アルプス。予告編では北穂からの槍ヶ岳が映る。特集番組によればロケは新潟、上越地方の津南とのことだが、どこまで穂高が出てくるのだろうというネタ探しの興味もある。

 近所のワーナーマイカルは21時だというのにけっこうな人出。
 TSUTAYAのTカードでチケットを購入したらやけに安い。開館2周年記念で今日だけ1000円だって。得した気分。

 劇場はガラガラ・・・。ロビーの人出の大半はきっと「続・三丁目の夕日」に回ったのだな、レイトショーとはいえ公開2日めの土曜日でこの入りで大丈夫なんだろうか・・・。

以下、ややネタバレあり。

 原作は2000年刊行であるが、映画では六カ国協議などの台詞もありもっと現代に置き換えられている。
 オープニングは戦場カメラマン西崎(大沢たかお)の戦場でのシーンから始まる。
 次に冬の穂高の稜線を一人で歩く西崎の遠景。このシーンは眼下に上高地が見えたので穂高での撮影だが、遠景だったので大沢たかおではなく代役では。西穂っぽい風景もあったが一瞬だったのと現地を経験していないので不確か。吹雪のシーンでは八ヶ岳の赤岳鉱泉から見た大同心を見上げたものもあった。
 北アルプス、穂高までは実名が出るが、ピークや尾根の名前、登山口はすべて架空であったがストーリー展開には影響はない。

 本編131分と2時間を超える長編であるが、最初から最後までまったくだれるところがなく、しかもテンポは速すぎず無理なく物語は進む。原作は未読なのでどの程度の違いがあるかはわからないものの、ストーリーとしては無理を感じなかった。あえて言えば、実際の政権担当者があれだけ迅速に決断を出来るか、という点だろうか。それと墜落地点はかなり平らであるが穂高にあれほど水平な場所はないだろう、しかも吹雪とは言え山岳レンジャーが2日半もかかるところなんて、ということくらいか。

 西崎の山岳部後輩で新聞記者役の玉木宏はNHK土曜ドラマ「氷壁」で、主役をやったが、あのドラマが名ばかりの「氷壁」だったのでかなり印象が悪かった。今回は良かった。
 なんと言っても良かったのは自衛隊佐伯三佐を演じる吉田栄作。久しぶりに彼の姿を見たが、最盛期の軽さは影を潜めひたすら渋かった。慶子(竹内結子)の上司の編集長の石黒賢は軽すぎてストーリー全体から浮いていたように思えたが、全編に緊張感が漂うストーリーの中で息抜きのためにあえて軽めにしたのだろう。

 日本映画の割りには死んでしまう人が多すぎるような気はしたが、あれでまったくのハッピーエンドでは単なるヒーロー映画になってしまうわけで、そうしなかったことがこの映画の成功だと言える(興行的には知らないが)。

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青山二郎をめぐる3冊

 青山二郎の名は白洲正子の著作で初めて知った。
 とらえどころのない人物である。10代で骨董の目利きとなり、それまで茶道中心だった陶器の鑑賞方法に変革をもたらし、李朝白磁などを広め、今につながる骨董ブームの基礎を作った。
 「われわれは秀才だが、あいつは天才だ」と小林秀雄に言わせ、彼の文章を批評し泣かせることができた人。
白洲正子「いまなぜ青山二郎なのか」

 白洲正子「いまなぜ青山二郎なのか」は師から「韋駄天お正」と渾名された弟子・正子から見た青山二郎論で、人となりがわかるが、さすがの白洲正子も師にはやや甘いかという印象。単行本の装丁は青山による。

白洲信哉「天才 青山二郎の眼力」

 一方、正子の孫 白洲信哉「天才 青山二郎の眼力」は、図画を多様した時系列の標準的な青山伝であり、辞典・図鑑的に理解できる。


 もう少し内面に迫るのが「思い出の小林秀雄」等の著作がある「文学界」の野々上慶一の「高級な友情」。青山二郎と小林秀雄の出会いから訣別までを本人たちや周囲の著作で綴る。内容もかなり深く、書き方もやや小林秀雄寄り、すなわち中原中也などそちらの話も多く、小林秀雄研究書とも言える。「思い出の小林秀雄」と重複する文章も多い。

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白洲次郎「プリンシプルのない日本」

プリンシプルのない日本
白洲次郎「プリンシプルのない日本」は「文芸春秋」に50年代に連載していた氏のエッセイが中心の著作である。
 立場的には東北電力会長時代のものが多く、まだ十分に「戦後」であった時代を感じさせる。この時期電力開発は復興の鍵でありその要は水力発電であり、それを推進する立場からの著作が多いが、マックァーサー(と、白洲は書く)とやりあったころの話や吉田茂との話も多い。
 新憲法、財閥解体、公職追放、日ソ共同宣言といった歴史上の出来事としか理解できない現代人にとって、当時の空気をそのままに伝えるのは著作が当時のことで当然ではあるが、政治、経済、官僚などに対する苦言は、今の時代にこのくらいはっきりと物申す人がいると面白いなと思わせると同時に、当時と今で、やっているレベルに差はないな、とも思う。
 瀕死状態の経済であった当時の日本が今のような経済大国になることは当時はさすがの白洲さんも想像できなかったようであり、また現代の人権尊重、男女平等の観点からは問題になりそうな発言も多々あるが、気楽に読むこともできるし、深く考えることもできる一冊である。

書き忘れたので追記(2007/11/24)。

 1969年の「諸君」の記事で、政治の混乱の大きな一因としてマスコミ報道のやり方を指摘している一節を読み、ああ、この人はGHQとやりあった頃や吉田茂と組んでいた頃、マスコミから茶坊主とか昭和のラスプーチンと非難され続けていたことを思い出した。
 死後、未亡人となった白洲正子が最近は評価してくれているようでありがたい、あの頃はつらかったと述懐している。

 ボクシング一家や大家族もので視聴率稼ぎをしているようでは・・・。

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田村裕「ホームレス中学生」

ホームレス中学生
 100万部突破の最短記録とからしい。
 実物を見てハードカバーなのでちょっとびっくり。
 もともとそれなりの人の本なのでそれなりに読んだ。嵩高紙ではなく上質紙で200ページ足らずの本は1時間ほどで読み終わった。
 「ホームレス中学生」とはネーミングの勝利だな、と思う。
 ホームレス中学生生活そのものは前半の少しであっけなく終わる。
 なかなか良い話であるし、否定はしないけど、このレベルの本でないとベストセラーになれないのかな、と思う。

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牧山桂子「次郎と正子―娘が語る素顔の白洲家」

牧山桂子「次郎と正子―娘が語る素顔の白洲家」

「風の男」「日本で一番カッコイイ男」、吉田茂の懐刀といわれた父次郎と、類稀な審美眼、研ぎ澄まされた美意識の持ち主といわれた随筆家で伯爵家の母正子を持つ娘は、さぞかし大変だったろうとこの本を読む前から想像できたが、やっぱり大変だったようだ。特に家事能力ゼロで娘が出産しても病気で寝込んでいてもどこかへ行ってしまう趣味優先人間の母にはかなり手を焼いたようだ。まあ、天は二物を与えずというところか。
 それでもきちんと育ってしまったので何もしなかった母はまったく後悔も懺悔もしていないところは、ときどき見かける頑固なばあさんでしかない。

 とはいえ両親の伝記を書くのであるから両親への愛情はもちろんあるわけで、父母の晩年から死に至る描写は暖かい。

 秋も深まり著者・牧山桂子(かつらこ)さんが管理をする武相荘(ぶあいそう)も周囲のもみじがきれいになった頃だろう。家から車で15分ほどのところにあるがまだ行っていない。

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千住真理子「G線上のアリア」

千住真理子「G線上のアリア」
 9月の王子でのコンサートでの演目と重なる曲が多い(というか、このCDを意識したコンサートだったわけだが)し、非常にポピュラーな曲が多いので逆に期待していなかったが、聞いてみると意外といい。特にコンサートでも演奏したチゴイネルワイゼンは、音としてもコンサートよりもいい感じがした。もっとも意外だったのは、大河ドラマのエンディングで漠然と聞き流していた「風林火山紀行」のテーマがTVよりはかなりいい感じであること。「風林火山紀行」は大河ドラマのラストでその回の物語にゆかりのある土地を紹介する短い番組であるが、開始当初の胡弓の演奏が印象的だったので、その後の2つの楽器の演奏は単なるBGMにしか聞こえていなかったのだが。
 それとこれは音楽とは関係ないが、まだCDそのもの(MP3とかM4Aでなくて)だとまだまだ、ONKYOアンプ+Victor SX-L33のピュアオーディオペアのほうが、ONKYO SE-90PCIONKYO GX-D90のPCオーディオペアよりもまだよく鳴るなと一安心。

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清春芸術村


 清春芸術村には昔、そばやの「翁」が移転したての頃に2,3回行った記憶がある。「翁」が有名な割りにはいまいちだったのでその足でみんなで小海線に乗って小諸のそばやまで行く、などとアホなことをやっては喜んでいたのが懐かしい。


 今回は目的は紅葉なのでここはどうかなとは思ったが、割と近いので予定のコースを変えて来てみた。駐車場のある冬青庵とラ・リューシュの間の桜並木がなかなかきれいな紅葉となり、冬青庵のバックにはわずかに雪がついた甲斐駒が大きい。
 開館前の芸術村はどきどき準備をする人が通るが、静かだ。
 ラ・リューシュの後の庭には娘が苦手な犬がうろうろしていた。
 あの桜の中に小林秀雄の鎌倉の家から移植された桜があるのだろうか。


 開館までわずかに時間があるので、見覚えのある親指のモニュメントを通りすぎて美術館が開くのを待ち、9時ちょうどに入館した。
 岸田劉生の麗子(といっても教科書で有名な奴とちと違うが)を見て娘は「わたしに似ている」と言っていたが、どこが似ているんだろう?少なくともあんなにひしゃげた顔をしてはいないが・・・。
 最近読んでいる白洲正子の本によく登場する梅原龍三郎の作品も多く展示されていた。たしかに力強いのはわかるが、それ以上は理解できない。むしろ併設されていたルオーの宗教画のほうがわかりやすかった。
 カレンダー好きの娘は売店で東山魁夷の2008年カレンダーを見つけてしまい買わされた。ま、中はけっこう有名作品ばかりなのでいいんだが。

 来る途中では「疲れないように早く帰る」と言っていた娘は俄然元気になり、「星野道夫のところに蛇をみに行く」と主張。星野道夫メモリアル展を開催し今でも彼の作品を展示している清里の八ヶ岳自然ふれあいセンターに行く、ということだ。長坂ICをはさんで反対側、距離はそこそこあるが30分もあれば行けるし、せっかくなので八ヶ岳の紅葉も見てみることにした。
 八ヶ岳高原大橋からは広葉樹の黄葉がなかなかきれいだった。


写真

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