坂本直行「山・原野・牧場」「開墾の記」
坂本直行「山・原野・牧場」と、「開墾の記」を読んだ。
「山・原野・牧場ーある牧場の生活」は初版が昭和12年。坂本が大学を出て親の反対を押し切って友人の牧場での生活を始めた昭和5年からの牧場での出来事や日高の山への思いを雑誌に連載したものをまとめたものである。僕が読んだのは1975年版の再販。
過酷な労働の中にも自然、動物、山を楽しみ、また牧場ならでは当時の都会人でも食べられないような「ハイカラ」な乳製品やハムなども楽しむような現代のイメージとしての牧場生活に近い、やや羨ましい生活が綴られている。そして坂本は毎日のように眺める日高の山に惹かれ、自らも牧場のオーナーになるべく開墾生活に入る。しかしほとんど無一文からの開墾生活は友人の牧場での生活とは比較にならないほどの苦しみの連続であった。
その開墾の記録が「開墾の記」である。初版は昭和17年。
友人二人で始めた開墾生活の出だしはなかなか好調で、鼻歌まじりに開墾に勤める坂本たちの姿が目に浮かぶようである。経済力がほとんどない彼らには酪農の必須の初期投資である牛や馬を思うようには所有できないし、飼うための飼料も十分ではない。やがて家庭を持った坂本は貧弱な牧場と経済力のために想像を絶する苦労をすることになる。
ぼくが読んだものは1975年の再販であるが、坂本による「再販の言葉」の中で、この本が戦前(おそらく他の開墾者や満州などの入植者向けに)文部省推薦図書とされ、戦後は一節が教科書に採用されたことがあると述べている。それはけっして坂本の自慢ではなく、実態を知らない農政官僚や学者へのメッセージでもあった本書が本人の意図とは無関係にいろいろに使われたという感慨のようなものであろう。
最近の再販本のAMAZONの宣伝では「昭和11年、十勝の原野に入植した著者が5年間の開拓生活を精細に綴った感動の記録。雪と寒さの悲惨な冬、巡り来る喜びの春―。開墾の労苦の中で自然を愛し、寒地農業の確立と農村文化の向上を訴え続けた純粋な魂の告白が胸を打つ。」となっているが・・・。
雪の怖さを知らず、動物と暮らしたこともない都会人には、時代の差を差し引いても強烈すぎる記録である。下の2枚の絵は左が「山・原野・牧場」のもの、右は「開墾の記」のものでいずれも「冬の牛乳運搬」と題されている。もっともさし絵はいずれも再販時に改めて描かれたもの。左は遠くの日高の山を楽しみながらの運搬、右は日銭を稼ぐためのやむを得ぬ運搬という印象が背景と御者の頭の向きの違いににじみ出ていると思うのは考えすぎか。
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