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「人間国宝 松田権六の世界」

「人間国宝 松田権六の世界」 公式サイト

東京国立近代美術館工芸館
東京国立近代美術館工芸館。
近代美術館という響きから想像していた現代風の建物とは大違い・・。
人間国宝 松田権六の世界の看板
人間国宝 松田権六の世界の看板
開催間もないせいか、観覧者は少なくゆっくりと見ることができた。

パンフレット表
蒔絵鷺文飾箱の鷺を大きく上に、入場券のデザインにもなった蒔絵螺鈿有職文飾箱が下に

パンフレット裏
生前の写真と主要な展示品の紹介

図録。幅広のA4版。2,000円(税込)。今回出品された松田権六とその師、弟子たちの作品、楽浪郡遺跡や中尊寺等の写真までたぶんすべてをカラーで収録しており見ごたえがある。

代表作 蓬莱之棚は見開きを含め6ページで構成。展示では見られなかった扉の裏面や底も見られる。

 東京国立近代美術館工芸館で開催中の「人間国宝 松田権六の世界」を見て来た。
 松田権六の名前を知ったのはつい最近、偶然手にした「うるしの話」がきっかけ。その後、いろいろ調べてみるとこの人の漆芸界での功績というのは相当すごいということがわかった。しかし漆芸の世界は例えば陶芸と比べてもかなりマーケットが小さいのか、図書館での関連蔵書数は陶芸の1割にも満たないようで、最近の作家を除くと近代の陶芸はほとんどが松田権六に関係してくる。
 展示会でどの程度の数の作品が見られるのか全く分からなかったが、チケットを格安で入手したので試しに行ってみた。入場前の懸念は無用だった。松田権六以外にも彼に影響を与えた師あるいは弟子の作品、修復や発掘に関わった楽浪郡の遺跡の実物、尾形光琳、中尊寺金色堂(これはさすがに写真・・・)など、権六に関係した作品が集められていた。
 権六の作品となると大型の蒔絵作品が有名であるが、今回は茶碗や棗(なつめ。茶道具)など、多少身近なものも多く展示されていた。しかし茶碗ひとつにしてもいかにも高価そうだったが・・・。
 図録は2000円だったが、A4版で195ページの大部なもの。これを求めるだけでも行く価値がある。チケットはもう1枚あるので終了までにもう一度見に行きたい。

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「ブレッド&バター LIVE2006」

ブレッド&バター LIVE2006
 「ブレッド&バター LIVE2006」を発売日の12月20日に入手した。
 9月9日のヤクルトホールのコンサートを収録したもの。
お気に入りのひとつ「青い地平線ーブルー・ホライズン」と「あの頃のまま」が収録されなかったのがちょっと残念。しかし、ヤクルトホールでは演奏されなかった「ホテル・パシフィック」とカットされてしまった「あの頃のまま」は大桟橋ライブ(たぶん9月30日)のものを、しっかりボーナストラックに収録。夕暮れの横浜の空をバックに唄う「あの頃のまま」がすばらしい。
 映画のような横浜の夜景でエンディング・・・。こればかりはDVDならではの演出。

 1969年のデビュー以来25枚のアルバムをリリースしてきているブレッド&バター に今までDVDが無かったことが驚きだが、初のDVDが僕自身初となるヤクルトホールのコンサートになったことは個人的にはとても嬉しい。
 MC(master of ceremony:司会者、転じて曲の間のおしゃべり)はスペシャルゲストの岸部シロー登場部分以外はカットされている。DVD発売2日前、12月18日のライブで「岸部シロー君(!)のところを見るだけでも価値あります」とブレバタが推奨したとおり、この部分だけがコミックバンドになっていた。伝説のティン・パン・アレーの鈴木茂、林立夫というビッグネームをバックに、ブレバタのふたりは年齢を感じさせぬハーモニーを存分に聞かせてくれた。

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東野圭吾「手紙」

東野圭吾「手紙」
 これも仲間内で話題になった東野圭吾「手紙」を読んだ。

 自分の大学進学資金を作るために強盗殺人犯となった兄。その弟がどのような差別と苦悩に苦しむかという話である。
 東野の本を読んだのは初めてだが、描写がとてもうまく登場人物の背格好はもちろん容姿まで見えるようだ。頭の中にシーンが詳細に思い浮かぶ。細かい描写をしているわけではないが、その場所がどんな雰囲気の場所であるかを読者に自然と分からせることで背景が浮かび、それによってストーリーにリアリティが増すようだ。

 自分が犯した罪ではないのに差別を受ける主人公、そして妻、娘・・・。犯罪はその家族をも不幸にするとは具体的にどういうことかがわかる。
 高校時代からスタート。主人公の成長に合わせ、バイト、大学、バンド、就職などといくつものフェーズで差別と偏見がごくふつうに行われていく。教師、バイト先の店長、恋人の父、就職した会社の社長、その他登場するけっして悪人ではない人たち。彼らの言葉が重い。
 兄に対する主人公の気持ち、向き合い方、そして犯罪者の弟であるという現実への向かい方も徐々に変化していく。最後まで結論は出ていないような気がする。
 少し気になったのは、主人公の女性に受ける甘い容姿、バンドに入るきっかけとなるすばらしい歌声などが、人生のいろいろなフェーズで主人公が差別に出会うために設定されたような気がすることかなあ。容姿がなければ同じような境遇とはいえ、あの献身的で理解と勇気がある奥さんはいなかったのではないか、と思うのは甘い容姿に縁がない者の僻みか・・・。

 この本はすでに映画化されているがアマゾンのレビューを見る限り、映画の出来は賛否両論のようだ。原作の時間の流れを考えると2時間では厳しいのか・・・。

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東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン"

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン
 仲間内で話題になっている「東京タワー」を読んだ。江國でなくてリリー・フランキーの方。
 リリー・フランキーが男だって分かりました・・・・。

 ほのぼのとした読後感があった。
 帯にはたくさんの書店の人が「うるうるした」と感想を書いてあり、それを期待する部分もあったが、多少のうるうる感はあったが、ぼく的にはうるうるよりもほのぼの、ほんわかという印象が強く、やや濃い目の「男はつらいよ」を見た感じ。
 「男はつらいよ」の主人公は車寅次郎だが、それを支える妹さくらの存在が大きい。
「東京タワー」のオカンもそんな感じである。というか主人公はオカンなのかもしれない。
 自分勝手なオトン、耐えるオカン、それでも離婚しないオトンとオカン・・。異常に仲がいいオカンの兄弟姉妹、病気との闘い・・・。断片的には自分の家族にも覚えがあるせいか、自分の家族ならどうだったかな、と思いながら読んだ。

 もともとTVドラマらしく、来年、映画になるようだ。こういう映画は見てもいいかな、と思う。

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ブレッド&バター ライブ

SHONAN BOYS for young and young-at-heart
 曙橋のライブハウスBackInTownで行われたスカパーの音楽番組「FOLK & ROCK ALIVE」の公開録画に18日に行ってきました。スカパー契約していませんが。
 要するにブレッド&バターのライブに行ってきました。
 もともとコンサートやライブにあまり縁がなく、ライブでそれなりの方の生演奏を聴くのはたぶん仕事で行ったニューヨークのジャズ以来。18時開場、19:30開演だったが何時に行くべきかもわからず18時ちょうどに行ったら開店準備中だった・・・。地下のステージへの階段にはここで演奏したときのミュージシャンの写真が多数飾ってあった。アマチュアや名前を知らない人も居たが、ぼくらの世代では十分に有名人も多い。ああ、この人、まだこういう所で現役やっているんだ、という人が多数いた。山本コータロー、長谷川きよし、鈴木康博・・・。ちなみに次回1月15日の同番組のゲストは因幡晃。12月21日予定の「速水けんたろう~青春のポップス VOL.1~」は満席でした・・。

 客席はざっとみて50人分くらいだろうか、当然ながらステージが近い。最後部にTV局のスタッフが機材とともに陣取っていた。ふと見ると幸矢さん(ブレバタの兄貴の方)が顔見知りのファンに挨拶をしていた。
 ネットで調べてみたら、収録する番組は1回30分の放映とのこと。ということは最低で30分、せいぜい1時間程度のライブなのか、などと思いつつ、帰宅後に車を使うので酒も飲まないまま、ジンジャエールとピザをさかなに本を読んだり、パンフレットを眺めていた。
 定刻になるとかなり貧弱なオープニングで進行の白井良明とアシスタントが登場するとあっという間にブレバタのふたりに引き継がれた。
 NG・取り直しありの確認を二人がスタッフにして、傷だらけの軽井沢からスタート。マリエ、ホテルパシフィック、あの頃のままと続く。バックバンドはなく二弓(弟)のアコースティックギターだけ。CD「SHONAN BOYS」の弾き語りをライブで聴くような感じ。ステージが近いのでPA経由の音と生の音が同時に聞こえる。
 MondayMorning、FineLine、愛したい信じたいで第一部が終了。二人の説明によると30分番組4回分の収録とのこと(30分のうちナビゲータのトークとライブが半々くらいとのこと)。

 20分ほどの休憩ののち、後半は、進行役の白井良明がエレキギターに加わり、IFを含めたカバー曲から、ピンク・シャドウで盛り上がり、湘南ガールで終了。アンコールは本当は最初からブレバタの曲になったはずの「I Just Called To Say I Love You」だと思ったが、アンコールはもう1曲あったような(後半はうる覚え)・・。

 放送は2月2日(金)22時から、と言っていた。

p.s アンコールの2曲めはきよしこの夜の客席を入れての合唱でした。

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藤原正彦「国家の品格」

国家の品格  藤原正彦「国家の品格」が流行っていると聞いたのは今年の初めくらいだったか。ただ、そのネーミングがやや右翼的な雰囲気もありちょっと敬遠していた。
 出版社の宣伝文句はこんな感じ。
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 「論理」と「合理性」頼みの「改革」では、社会の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すことである。
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 うん? 武士道精神? こりゃ困ったもんだ、と思う。

 しかし流行語大賞にもなったことだし、読んでみるかと・・・。

 語り口は割りと温和に常識に訴える文調であり、すなおに納得できる。
いわんとすることは上の宣伝文句のとおりなのであるが、この宣伝文句にはそれぞれに解説が必要である。
 例えば論理よりも情緒。風が吹けば桶屋が儲かるのひとつひとつのステップ(風が吹くと目にごみが入り失明し、失明した人が三味線を弾いて暮らす~)の確率の検証やゲーデルの不完全性定理をあげ論理だけの限界を説く。
 情緒とは要するに平均的な知識と教養を元にした正しい常識だろう。法律に触れなければいかなる方法でも儲けていいと思うか、それは卑怯だからいけないと思うかどうか。ライブドアや村上ファンドのやり方に、旧体制への批判的な動きにある部分は共鳴しても、胡散臭さや狡猾さを感じるかどうか。
 頭脳明晰でロジカルシンキングを実践し、相手のことを考えているつもりるでいる人が、実は相手にされていない(しかもそれに気が付かない)。そういう人には情緒が欠けていることが多い。

 日本の総合的な国力の低下は「悪いものは悪い」と思える教育がされなかったこと、日本語と日本文化を学ぶべき年齢で無理に英語を押し付けた「ゆとり教育」などさまざまな分析と改善提案がなされている。
 幕末の頃、古典・漢文の教養と武士道の思想を身につけた武士が、英語がしゃべれなくても欧米人から尊敬されたこと、英語は話せても日本文化を語れない現代人・・・。
 講演原稿をもとにしているせいか、正直のところ日本人が書いた「ジャパンアズナンバーワン」という印象もあり、だからこそ売れたのだろうという感じがする。

 武士道精神と言っているのは恥を知ること、常識を身につけることということだろう。昭和の始めから徐々に失われたと言っているが、個人的には昭和40年代前半くらいまではそこまではいかなくても少なくともいわゆる常識が通用していた時代ではなかたっかなと思う。そしてその頃までは学校の先生には教養と威厳があり、少なくとも父兄よりはまっとうだった。

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赤木明登「漆 塗師物語」

漆 塗師物語
赤木明登「漆 塗師物語」を読んだ。塗師は「ぬし」と読む。
 赤木は1962年生まれ、1997年ドイツ国立美術館「日本の現代塗り物十二人」に選ばれている。どうしてそんなに早くに選ばれたのか、数ある職人のうち、どうして彼が有名なのか。しかもその作品はごく普通でそれほど高価でもない。お椀で15000円くらいであり、通常の輪島塗の平均的な価格。
 というわけでぼくの中ではかなりの有名人だったので27歳でマスコミの世界から職人修行を始めた修行記録に少しだけ興味があった。

 人との出会い、人のネットワーク、そして夫婦の絆。そんな少し背中がむずかゆくなる台詞が自然と浮かんでくるような記録であった。出版界の派手な生活、毎日午前様、そんな生活に決別して何の縁もコネもない塗り物の世界に唐突に飛び込むことは本人の勇気はもちろん、展示会の企画が職業で職人とはなんぞやというものをある程度分かっていた家族があってのことであろう。
 朴訥な親方、岡本進さん、紹介してくれたお寺の住職、そしてこの世界へのきっかけを作った角偉三郎。なかなか個性的な人と田舎の人のつながりが読んでいて気持ちが良い。年季明けの94年に「日本の現代塗り物十二人」の候補になるのも角偉三郎あってのこと。
 しかし職人はよく酒を飲むなあ。

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再訪:氷川丸とマリンタワー

秋のマリンタワー
マリンタワーから見た氷川丸
 今年の12月25日で営業終了する氷川丸とマリンタワーに行ってきた。
 自宅から50分で山下公園の駐車場に到着し、マリンタワーを見上げると上半分がピンクで下半分が白に塗装されていた。古い記憶のマリンタワーは赤と白のだんだら模様。いつ塗り替えられたのか・・・。
 最初はマリンタワーには行かないつもりだったが、タワーの中空を上下するエレベーターを見た娘が乗りたいというので行くことにした。
NHK「小さな旅」で氷川丸について12月1日のBShiに始まり昨日も総合TVで再放送をしていたのでこれを見て来た人(ぼくもその一人)もいたせいか、予想どおりの人出。
 展望台行きエレベーターが45分待ちと切符販売窓口に貼ってあったので躊躇したが、とりあえず切符を買って乗車口のある2階へと進むと、ゲームがならんだ懐かしいコーナーが・・・。並べられたゲーム機は全く替わっているだろうけれども、横浜の中心にしてはさえない場末の雰囲気は以前と変わらない。
 エレベーターはそれほどの人が並んでいるわけでもなく10分くらいで乗れた・・・。45分の貼紙は少し前のピークの時のものか・・・。小さなエレベーターに改札員が同乗して上まで行ってまた降りてくる人手のかかる仕組みに時代を感じる。
 営業終了が決まる前はきっとこの数分の一しか観光客がいなかったと思われる展望台からは天気もよくて眼下の氷川丸やベイブリッジが良く見え、実家の近所の電波塔のある山も見えた。
 マリンタワーよりずっと高いランドマークタワーを見上げるとこれもやはり時代を感じる。

 氷川丸もやはり相当の人出であったが、順番待ちや人の渋滞ができるほどではなく、観光地はいつもこの程度ににぎわっていないと経営的には無理だろうと思った。
 氷川丸の船内の記憶は全くない。
 さすがに古びた船内の意匠や装飾品を見るとこれも最近悲運の生涯を閉じたスカンジナビア号を思い出した。船内には世界客船館という古今の豪華客船の博物館があり、氷川丸はもちろん最近のQE2や飛鳥まで豪華客船の解説や模型もあり、ひとつひとつがかなり貴重なものに思えた。

 自宅よりもたぶん3度は気温が高い横浜・山下公園は銀杏が黄葉の盛りだった。

写真

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ALWAYS 三丁目の夕日

ALWAYS 三丁目の夕日
ALWAYS 三丁目の夕日をTVで見た。
 西岸良平の原作アニメはスタートした頃、雑誌で見ていたが、あのアニメ絵がどうにも好きになれなかったので作品としての印象は希薄。
 
 昭和30年代、団塊の世代といわれる人たちの少年時代、古きよき昭和をCGと大規模なセットで表現している。ストーリーよりもこのシーンはどのように撮影したのだろうとかそんなことばかりが気になった。もっともその出来はかなりの線ではあるが粗もけっこう目立つ・・・。特に舞台となる東京の下町のセットはいかにも箱庭的であり、奥行きがない。
 ストーリーは予想通りでもあるが、親の世代に戦争の傷跡の匂いがするという、団塊の世代より一回り下の自分では感じ得ない部分もあり、それなりのカタルシスを得ることができる。

 個人的には東京タワーよりもマリンタワーだけど・・・

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氷川丸とマリンタワー営業終了

 今日、1日にNHK BS-hiで放映した「小さな旅」で横浜・山下公園の氷川丸とマリンタワーが今月25日で営業終了となることを知り、少しショックだった。
 この2つのランドマークには学生時代まで横浜の下町に住んだぼくには、幼少の頃のほのかな記憶と思い出がある。

 氷川丸に最初に父に連れてってもらったのはたぶん小学校入学前後の頃だと思う。前年まで両親と離れ、母の実家の群馬で祖父母と叔父叔母と暮らしていたぼくにとって、たまにしか顔を見ない父は非常に怖い存在だった。そのくせよく二人で出かけた。父は歩くのが早かった。一緒に歩いていてぼくが遅れると叱られた。
 氷川丸がずっと停泊したままになっている船ということを知らなかったぼくは、艦内を見学している間も、このまま出発して外国に連れて行かれてしまうのではないかとヒヤヒヤ、ビクビク。船好きの父に早く帰ろう、早く帰ろうと何度もお願いしては叱られていた。
 「小さな旅」にも登場した「横浜少年少女合唱団」を当時ぼくらは「氷川丸の合唱団」と呼んでいた。小学校4年の頃だったか、ここに入るかという話があったがいつの間にか立ち消えになったことも思い出した。
 その後、氷川丸にはもう1,2回行ったと思うがあまり記憶にない。当時の船体は水色あるいは薄いグリーンだったが、TVに写った氷川丸は黒くて威厳があり、記憶の中の氷川丸とはちょっと違った。

 マリンタワーに最初に行ったのも父と一緒だった。下から見上げると展望台部分の床下の壁材が一箇所ずれているように見えた。いまにも落ちそうに見えた。このまま展望台にあがったら展望台ごと下に落ちてしまうのではないかと気が気でなかった。展望台から周囲を眺めて楽しんでいる父に早く帰ろう、早く帰ろうと言ってはやはり叱られていた。
 マリンタワーは近所からよく見えた。小学校の標高が4m、近所で最も高い電波塔がある山でも52mしかなかったし、当時はマンションなどもなかったので、106mもあるマリンタワーはどこからでもよく見えた。昼間は気にもしなかったが、夕暮れが迫り、遊びつかれた頃、遠くをふと見ると赤と緑の光が廻るマリンタワーがよく見えた。どんよりした日などには赤と緑の光の帯が遠くまで延びていたのが子供心にも印象的だった。

 営業終了までに一度行ってみたいが、時間がとれるかどうか。

P.S 気合で行ってきました

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