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「アサヒカメラ」1950年7月号

1950年7月号
 田淵行男は1951年6月5日発行のアサヒカメラ臨時増刊「田淵行男 山岳写真傑作集」で46歳の遅れたメジャーデビューを果たすが、前年のアサヒカメラで表紙をかざり、いくつかの写真を発表している。いずれも「山岳写真傑作集」に収録されているらしいが、どんな作品が収録されたのかが興味があった。
 「山岳写真傑作集」は臨時増刊だったので通常の記事は掲載されていない、当時の写真記事と「傑作集」でも面白かった広告を見たいというのもあり、アサヒカメラ1950年7月号を入手した。田淵行男のデビュー号である。

表紙写真のコメント
 表紙は「白岳」。目次の頁にコメントが掲載されているが、これは「傑作集」のコメントとは異なる。
 14ページから始まる「夏の山」と題する掲載は、見開きを占める「剱岳(池の平から)」で始まる。この作品は「傑作集」の表紙を飾った作品である。田淵行男記念館の入り口の大伸ばしの写真も裏剱であるが、この作品だったかどうか、ちょっと記憶にない。

黎明(常念小屋より浅間を望む)
 次の作品「黎明(常念小屋より浅間を望む)」は「山上黎明」の左の一部、太陽の部分をトリミングでカットしたもの。さらに、「五龍の残月」が最後を締める。いずれも田淵の初期の代表作ばかりである。

 他の記事で山関連は浦松佐美太郎の随筆「カメラの還暦」、船越好文「高原の撮影」がある。
1950年といえば敗戦から5年。サンフランシスコ講和条約はこの翌年であり、記事にもGHQが現役で活躍している占領時代である。
 戦後の荒廃と復興がどのような形で実現したのかを文字では知っていても実感がない自分には、アサヒカメラの記事は、たった5年でこれほどの余裕ができたのか、と思わせるに十分である。
 アマチュア写真といえば、撮影はもちろん現像・引伸ばしも自分でやるのが当然に近い時代であり、記事や広告にもそれが反映している。
 この号では8つの企業が共同で「広告写真懸賞募集」記事を載せている( )内は写真のテーマ。東芝(電気照明)、明治乳業(赤ちゃん、ミルク)、明治生命(親子、老夫婦)などである。ちなみに1等賞金は3万円。
 それにしても写真は高価なものだった。
 「新製品メモ」に「さくら天然色印画引受け開始」の記事があった。それによれば、キャビネ版の最初の1枚が1000円、焼き増しは500円である。しかも現像完了まで20日から1ヶ月。別の広告ではトリミングなしの(モノクロの)引き伸ばしが、手札15円、名刺10円となっている。なお、アサヒカメラ今号のカラー写真は口絵となっている「浦島歌女(宝塚少女歌劇)」の1枚だけである。

 それにしても昔の雑誌は文字が小さい・・・。

P.S この年のアサヒカメラは10月号に「秋の鹿島槍」3点、11月号に「秋山のねらい(エッセイ)」、12月号に「初冬の浅間」が収録されているとのこと。

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