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新妻喜永「花の山旅・日本アルプス」「花の山旅・八ヶ岳」

花の山旅・日本アルプス
花の山旅・八ヶ岳

 新妻喜永「花の山旅・日本アルプス」「花の山旅・八ヶ岳」を読んだ。前者は中古で購入したが、後者は中古はAMAZONに5,800円というバカ値がひとつあるだけでとりあえず図書館の本。
 ともに実業之日本社からの刊行であるが、「日本アルプス」よりも「八ヶ岳」のほうが出来がいいと感じるのは中古価格のとおりなのだろうか。
 ただし、本としての見栄えとなると「日本アルプス」が数段良い。こちらは南北中央アルプスを網羅し、花の写真の大きさも大きく、しかも上段にはその山の写真も入り、適度に紀行文もレイアウトされており、売れ筋の本に見える。一方の「八ヶ岳」は1/4頁しか与えられない花も多く、写真集的に見るとやや劣る。それでもこちらの方が良いのはその文章である。
 新妻喜永といえば八ヶ岳を思い出すと、前回書いたが、氏の八ヶ岳への思いが、「花の山旅」にもよく出ており、また随所に登場するモノクロ写真がこの本が単なる花の紹介書ではなく、「花の八ヶ岳紀行」の写文集であることに気が付く。
またこの本では図鑑的な頁はカナのままだが、エッセイでは花の名前に意識的に漢字を採用している。「イチヨウラン」を「イチョウラン」と思い込んでいたのがきっかけという。「一葉ラン」と「銀杏ラン」である。一度見てしまえば慣れてしまうが、最初に見る漢字標記はちょっと依怙地な印象とともに名前に納得できるので良い。

p.s 「新妻喜永」でググったら、先の雑文がトップだった。SEO(Search Engine Optimization)って難しいですね。

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「山 記憶と表現」展

 田淵行男記念館の特別展「山 記憶と表現ー杉本誠収集作品によるモノクローム写真の世界ー」に行ってきた。
 山岳写真史研究家 杉本誠氏が収集した黎明期の原版によるモノクロ写真の展示会である。

 開催期間が10月1日までで、週末の天候がすぐれずとなかなか行く機会がなかったが、今週末は天気はもちそうなので出かけることにした。久しぶりに富士山も南アルプスも見えない中央高速だったが八ヶ岳だけはくっきりとよく見えたのが儲けもの。豊科ICを降りると安曇野はすっかり秋の装いで、北アルプスは見えないものの道路脇にはコスモスなど秋の花が多かった。
コスモスと表銀座遠望
 開館15分前に到着し、開館と当時に入館。
 1階ホールが特別展の会場。順路をしめす札のすぐ横に河野齢蔵の1907年撮影「八ヶ岳高山植物採集会会員の記念写真」があった。中央の牧野富太郎の服装が妙にラフで現代的で、周囲の軍服、詰襟と違和感があって面白い。
 上高地の河童橋の変遷、野営の小屋架けの写真など興味深い。中でも黒部渓谷の代名詞ともいえる冠松次郎の南ア、聖岳の写真が今も変らぬ山のすがたとその横の人たちの風俗との2つのギャップがよかった。
 船越好文の「雪煙をついて」は「雪線」(復刻版)「山を愛する写真家たち」のふたつの写真集に収録したものが手元にあるが、そのどちらともレベルが違う迫力だった。この写真も雪の剱岳が迫力をもって迫り、よく見ると歩いている人の装備の違いで時代の差に気が付くという感じ。古さがない。写真集に収めてしまうと視点の移動の手間がないせいか、そのような効果がない。
 写真の大きさの違いだろうが、同じことは、同時開催の企画展「山の博物誌」でも感じた。

 「山の博物誌」は田淵の「山の時刻」「山の季節」収録作品を中心とした展示であったが、最初に写真集「山の時刻」を見た(読んだ)ときのようなわずらわしさは何もなく作品を楽しめた。現物を見るということはこういうことなのだろう。
 ガラスケースに収容され、1冊しかないのだから触ることもできないが、田淵デビューのきっかけとなったオリジナルの「山のアルバム」をガラス越しに食い入るように眺めた。その大きさはもちろんであるが、文字ひとつひとつの別の紙でのレタリングなど几帳面さがにじみ出ている。いちど中身を拝見したいものだ。
ミドリヒョウモンかな

 Tシャツと帽子を思わず購入して外に出ると、入り口の花に無数の蝶が群がっている。ギフチョウは時期的にも当然いなかったが、名前のわからないまま写真に収めて、帰宅してなんとか名前らしきものがわかった。

 蝶とパンフレットとグッズの写真

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ゲド戦記5巻&外伝

ゲド戦記5 アースシーの風ゲド戦記外伝 「ゲド戦記5巻 アースシーの風」「ゲド戦記外伝」を読んだ。
 5巻は「ゲド戦記 最終の書」として刊行された4巻のあと10年経って刊行された本当の最終の書であり、4巻の最後で唐突に竜を呼ぶテハヌー(テルー)をめぐる物語というかアースシーの世界の竜と人間、魔法使いの総括が5巻である。「アースシーの風」の原題はThe Other Wind(別の風)であるが、この意味が最後にやっとわかる。5巻はゲド戦記版イザナギ・イザナミ神話のよう。
 外伝は翻訳版では6巻の扱いであるが、この短編集の出版は5巻よりも少し前であり、4巻までに登場するアースシーの物語を補強するものである。5巻を先に読むと4巻までではややつかえる箇所がある(ぼくはその前にムック本で外伝のあらすじを読んでいたので、あのことか、と納得できたが)。
 ロークの学院の設立の経緯、オジオン(本当はオギオンらしい。外伝翻訳者あとがき)の師匠、テハヌーの姉(とは外伝には書いていないが5巻で判明)など。そして最後の「アースシー解説」では全編の中で語られる伝説やアースシーの歴史、文化・風習をまとめてある。

 さて全編を読み終えて感じるのは、最後の「アースシー解説」にまとめられたごとく、作品に登場する伝説や国や人物の過去が非常によく考えられているということだ。もちろんこのことがこの作品が3大ファンタジーと言われる土台であろう。
 
 ここまで読んだうえで今回のジブリ作品を見たらあの映画が陳腐に見えるのはやむを得ないだろう。長編原作よりも短編原作のアニメ化がジブリというか2時間の映画にはふさわしいのでは。

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スカンジナビア号沈没

洋上ホテルの頃 9月2日にスカンジナビア号が沈没した、というニュースをさきほど知った。
 母国スウェーデンへ帰る準備(修理)のために上海まで曳航されている途中に和歌山で沈没したようだ。
 この船ではかつてニフティのオフもやったので思い出があり、海上ホテルの営業不振で売却される前後では署名運動にも参加したのだが・・・。
 署名運動の主催者でこの船に富士山ライブカメラの草分けとなる設備を運営してきたサンプラスさんのサイトの情報では、曳航していくのは船体の老朽化からかなり困難だったようだ。それでも事前にダイバーがいちおう検査はしていたようだが。いろいろとグレーな部分もあるようだ。

 いずれにせよ、さびしいニュースだ。

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杉本誠「山の写真と写真家たち」

山を愛する写真家たち―日本山岳写真の系譜山の写真と写真家たち 杉本誠「山の写真と写真家たち もうひとつの日本登山史」を読んだ。
 非常に興味深く、面白く読んだ。1985年刊行で定価4,800円のこの本は、すでに廃刊で古書市場では1万円では入手できない。そんなに貴重な本なのかなと思いながら頁をめくる。前半はこの本で取り扱った写真家の代表作が並ぶ。写真点数だけなら、今でも新刊で入手できる「山を愛する写真家たち―日本山岳写真の系譜」のほうが多いくらいだし、扱った写真家の数も多い。この本も巻頭には杉本誠による解説文が掲載されているが・・・。





扱った写真家は目次写真のとおり。その後に以下のような解説文が入る。時代ごとに一人ひとりの経歴と逸話をまとめている。
 


 この「山岳写真家列伝」ともいえる解説文が非常に面白かった。面白かったのはごく一部を除いて個々の写真家についてよく知らなかった自分の無知によるものも大きいのだが、この「列伝」を読んだあとに前半の写真を見直すと見方が変る。ぼくは前段の写真はもちろんだが、同時に「山を愛する写真家たち―日本山岳写真の系譜」も横に置きながら、また時には、数少ない個別の写真集を眺めながら読みすすんだ。

・初期の山岳写真史は山岳史そのもの。日本山岳会設立に至る当時の情熱は小島烏水の「アルピニストの手記」を読んだ時のように蘇ってきた。
・小島らの手作り超豪華本「高山渓谷」を飾る中村清太郎、茨木猪之吉の絵。題字は横山大観・・。
・先日読んだばかりの「北アルプス黎明」の解説とほぼ同じエピソード、すなわちウェストンの写真を撮影した日本人写真家 T.HORIさがしが穂苅三寿雄の稿にあった・・・、あ、あちらの解説も杉本さんだ。
・今まで名前だけでよくわからなかった「日本山岳写真集団」「白い峰」などの歩みと位置づけがわかった。単に古本が安かったので入手したエーデルワイスシリーズ写真集「わが心の山」が日本山岳写真集団の初仕事だったとは・・・。
・もちろん「雪線」をめぐる戦火と戦争の逸話もある。
・山本和雄に「10年穂高を撮り続けろ」と冷池小屋でデビュー前の田淵行男がアドバイスした、なんている話は少なくとも手元にある山本和雄「槍・穂高讃歌」には書いていない。

もともとこの本は昭和38年からの「岳人」連載をもとにしている。発売前日に早刷りを読んだ武田久吉博士から「3箇所に誤りがある」と指摘されるところから毎週のように武田邸か通いが始まる。日本で最初の山岳写真家探しも抜群の記憶力を持つ武田久吉博士の言葉から・・・。
 時代は小島烏水、田部重治、高野鷹蔵、中村清太郎、三枝威之介(五龍岳の漢字命名者)など草創期の山を知る人々が存命だった頃、杉本氏は精力的にインタビューを続けてこの作品を仕上げたことが端々から感じられる力作である。

 あらためて古書の価格に思い当たる・・・。2万円近いので諦めました・・。

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北アルプス黎明 穂苅三寿雄ガラス乾板写真集

北アルプス黎明 穂苅三寿雄ガラス乾板写真集
穂苅三寿雄「北アルプス黎明 穂苅三寿雄ガラス乾板写真集 」を読んだ。
 穂刈という名字を見れば、山好きな人ならご存知のとおり、槍ヶ岳山荘の経営者で写真家の穂苅貞雄の実父で槍ヶ岳山荘の創始者である。穂刈貞雄さんの写真は基本的に愛する槍ヶ岳があまりにも中心なので写真集をじっと眺めてみるというところまでは行っておらず、複数の写真家の写真集の中の一枚として眺めることが多い。その点、穂高を中心としたながらももう少し広い山域を対象にした山本和雄の作品の方が作風ではなく対象が好きだ。
 
 というわけで穂刈さんの名前は父子ともかなり昔から知ってはいたものの、写真集を見るのは初めて。
 表題の写真集は山岳写真の歴史を感じるうえでは非常に興味がある。
序文は風見武秀、巻末は杉本誠の文に加え、穂刈自身の著作から槍ヶ岳初登山と最初の山小屋建設の頃の話が収録されており、山岳写真のみならず、北アルプス史を語るうえでも貴重な資料となっており、写真集の副題「北アルプス黎明」にふさわしい。

 ガラス乾板であり、印刷サイズがやや小さめであるためか、画調はやや固めのものが多いが、槍ヶ岳に限らず、穂高はもちろん広く北アルプスの写真を網羅している。人を配すことでその時の人の思いを託している写真が多いのも特徴かもしれない。一部の写真は昭和6年撮影となっているがその他は撮影年が不明。ただしホカリ写真館の開店も昭和6年なので、これ以降の戦前の作品だろう。と、思ったが、代表作焼岳大爆発は大正14年だ・・・。
 田淵行男より一世代は昔の写真であるが、心なしか山が今よりもさらに綺麗に見えるのはきっと気のせいだろう。

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ブレッド&バター コンサート

レイト・レイト・サマー
ブレッド&バターのコンサートに行ってきた。
 リハーサルが長引いているとかで開場が30分遅れ、開演も15分遅れたが、TVかはたまたDVDなのか収録用カメラが随所で廻るだけあって、年齢を感じさせないコンサートでよかった。ドラムス:林立夫、ギター:鈴木茂というのが凄い、おお、伝説のティン・パン・アレーじゃないか。

 「ピンク・シャドウ」でオープニング、ラストは「DANCING IN THE NIGHT」。「あの頃のまま」が出ないなと思ったら、アンコールの2曲目だった。最後は二人のアコースティックで「マリエ」。

 ぼくがブレバタをリアルタイムで聞いていたのは70年代終わりから80年代最初の頃。朝のTV番組「おはよう700」のテーマに「青い地平線」が出た頃。この曲が入ったLP「レイトレイトサマー」が最初に聞いたアルバム。A面の1曲めでいきなり「あの頃のまま」・・・、それは衝撃だった。これを聞いたときはまだ学生だったが、自分が社会人になったような気持ちになった。「タバコロード20」の歌詞「右肩に乗せたほほがずれないように、そおっとスピードアップ」の「右肩」に、おお、左ハンドルだ、と感心した。

いまだにブレバタの最高傑作と言われるこのアルバムを最初に聞いたのでその後も何枚かLPを購入した(左の写真のジャケットは最近出た復刻版のもの。原版は湘南(きっと)の海辺の防波堤の写真)。

リアルタイムで購入した最後は「DANCING IN THE NIGHT」を収録している「Night Angel」。その後は過去のベストアルバムを聞くことはあっても、80年代以降の曲を最近まで聞かなかった。

 というわけで、コンサートは80年前後の曲が中心でぼくには非常に良かった。

 タイガース解散後に一時組んだ岸部シローがゲスト出演。相変わらずの貧乏性のトークの後でなんとか1曲一緒に唄っていたのが面白かった。

p.s コンサートの模様は12/20にソニーミュージックからDVD発売されるようだ。

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宮崎駿「シュナの旅」

シュナの旅 宮崎駿「シュナの旅」を読んだ。
 「ゲド戦記」の原案ということだったが、金色の種をもとめてヤックルに乗って旅立つ始まりや一夜をともにする丸顔の老人に西の国のことを尋ねる場面は「もののけ姫」かと見まがい、神人の土地で人の手の入っていない大きな動植物に主人公がくつろぐシーンは「風の谷のナウシカ」の腐海の中を思わせる。映画「ゲド戦記」っぽいのは、奴隷商人からヒロイン・テアを救い出すところ(本の表紙)。この、旅の途中で奴隷に売られかけた少女を助けて最終的に彼女が主人公の危機を救うという構成が映画「ゲド戦記」の原案とされるゆえんである。
 読んだのは2004年刊行の第60刷(初版は1983年)のアニメージュ文庫だが、画面の小ささに加えて文字の色が絵に重なりかなり読みにくい。光沢紙なので字を室内の光に反射させて読んだ箇所も多い。「ナウシカ」の原作のような大きさであればこのような苦労はなかったかも。
 宮崎はあとがきで、この作品がチベット民話「犬になった王子」をもとにしたこと、このような地味な企画の映画化は無理と判断して、漫画として刊行した旨を語る・・・・。

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柏葉幸子「霧のむこうのふしぎな町」

ハードカバー版
新装版(文庫)新装版(新書)


柏葉幸子「霧のむこうのふしぎな町」を、ハードカバー版で読んだ。1997年刊行の第3刷だが、新装版では通りの名前が「気ちがい通り」から「めちゃくちゃ通り」になっているようだ。
 AMAZONの紹介文では「千と千尋の神隠し」に影響を与えた、となっているが、佐々木隆「「千と千尋の神隠し」のことばと謎」によれば、「霧のむこうの~」の映画化が出来なかったので、「千と千尋」を作ったとされる。
 「ゲド戦記」の原作は読者の対象年齢が「小学6年、中学以上」となっていて、自分が小6のときにこのレベルの本を読めたかどうか不安になったが、対象年齢「小学中級から」のこの本くらいならさすがに大丈夫だったと思う。
 というわけで「お話」は非常にわかりやすい。
 「千と千尋~」を知っていると、登場人物やモチーフがよく似ているのに否応なく気が付く。
「霧の谷」のお屋敷の主人のおばあさん、ピコットはさし絵や本文の風貌や口調までも「千と千尋」の湯婆婆そっくり・・・。家では手伝いもせず、おやつばかり食べて太ってしまった、小学6年生のヒロイン、リナが湯婆婆ならぬピコットおばさんの下で、否応なく働く羽目になり、労働の中からいろいろなものをつかむというモチーフは同じ。ただしリナの立場やその労働も「千と千尋」と違ってすぐに改善され、魔法使いの子孫たちのなかで楽しい夏休みを過ごすことになる。
 「千と千尋」がヒットしたのは、千尋の厳しい立場にあったことも大きいと思うので、「霧の~」をそのまま映画化しても、あれほどヒットしたかどうかはわからない。

P.S 「耳をすませば」を再度チェックしてみた。図書館で天沢聖司くんはたしかに「霧の~」を読んでいました。表紙は赤かったけれど。ただし登場したのは2秒くらいで題名の一部は画面の外だった。

  AMAZONの文庫版の方のレビューを読むとかなりファンが多いことがわかる。「耳すま」を見て、この本の名前を探し当てた方の目の良さにびっくり・・・。

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