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「ゲド戦記」原作

ゲド戦記
「ゲド戦記」の1~4巻をハードカバーで読んでみた。5巻はこれからだが、5巻は4巻のあと11年たって突然世に出て、みんながびっくりしたというものでもあり、とりあえず4巻が「ゲド戦記 最後の書」となっているので・・・。

僕たちの好きなゲド戦記
 原作を読む前に読んでみたのが、「別冊 宝島 僕たちの好きなゲド戦記」。こちらは映画公開直前に刊行されているので、映画に対する酷評はない。
 もともと映画への酷評の多くが「原作が台無し」というものだったので、原作を読んでみようかと思ったが、こちらは全6巻のうち少なくとも映画の元になった3巻までは読んでみないといけないので、挫折する可能性がある。
  「ゲド戦記」は世界3大ファンタジーと言われるが、そのひとつである「指輪物語」を元にした「ロード・オブ・ザ・リング」の映画3本はあまり面白いとは思えなかった。長いし盛り上がりに欠けたというのが感想(こちら)。ということもあり、ファンタジーには警戒・・・。

それで、まずはムック本を手にした。
 ムック本はその2/3が原作全巻のあらすじと人物相関図で占められる。だからすでに原作を読んだ人には無用の本であるが、大作に手を出すのに躊躇しているぼくのような人間にはうってつけ。原作を読み終わってから振り返るとあらすじはそれなりによく書けている。ただ、雰囲気というか空気は伝わらない。
 でもまあ、読んでみてもいいなと思った。

 で、読んだわけである。たしかに面白い。独特の世界観。魔法使いが日常に浸透しているのがふつうになってくる。ムック本では「ゲド戦記」をユングの心理学的な観点から解説しているものもあったが、さもありなんという印象。

 以下、ネタばれあり。
 1巻(影との戦い)では途中まで傲慢で自信家のゲドが、自らのミスで影を放ってしまい、それにおびえやがて克服するサクセスストーリー。2巻(こわれた腕環)は大巫女テナーが使える神殿とそこに宝物を奪回にくるゲドの話であり、全体に暗い。3巻(さいはての島へ)は映画の元になっている巻であるが世界の均衡をくずれた原因をさぐりにアレンとともに旅をする話。ただしこの巻では映画に出てくるテルーは出てこない。アレンの心理の葛藤が秀逸だが、けっこう暗い。クモは田中裕子ではなくて男だった。4巻(帰還)は3巻で目的を達成したあとのゲドと大巫女から開放されたテナーの話。テルーがとても暗い。この巻は3巻のあと16年後に刊行された問題作であり、映画ではテルーの顔の火傷あとは両親の虐待ということになっているが、原作ではテナーの母は数人の男の奴隷であり男の一人との間にできた子供であるテルーは8歳(か、それ以下)で強姦され焚き火に投げ込まれ、片手の手の指は小さい頃の野口英世のように癒着してしまっている。

 映画は1巻でのゲドの影との戦いをアレンにすりかえ、4巻に登場し、ラストでいきなり竜を呼びゲドとテナーを救う竜の娘テナーを、わりと普通の娘に描いている。火傷のあともきれいだ。ゲドやアレンとクモとの戦い方が全く違う。ジブリ映画の割には空中シーンに欠け、動きが少ないのはやむを得ない。
  「子供が途中で寝てしまった」という感想も当然だろう。子供向けの映画ではない。
 ゲドとテナーの2巻では舞台が闇の迷路で映像化できないし、あの世との扉を閉める3巻もそのままでは映像化は無理だろう。
 というわけで宮崎駿は息子吾朗に「シュナの旅」をやればいいと、アドバイスしたようなので、今度は「シュナの旅」を読もうかと思っている。

P.S 3巻「さいはての島へ」の表紙と本文のイラスト。これって宮崎吾朗が書いた映画のイメージ画像と同じ・・・。これにはさすがにがっかりした。



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「ゲド戦記」at WMC

 「ゲド戦記」を見てきた。
 原作を読んでいないので比較はできないけど、まあ、よかった。
 公式サイトの掲示板を見るとかなり厳しい評価が多いようだが、父・宮崎駿の最後?の作品である「ハウルの動く城」よりは息子・吾朗のデビュー作の方が良いのではないか?
 宮崎駿ではないが「素直に作っておりよかった」という印象。ストーリーの暗さと重さは「もののけ姫」、イメージはやはり「風の谷のナウシカ」に近い。「ナウシカ」に近い印象であるのは、もともと宮崎駿が「ゲド戦記」の映画化ができずに作った作品が「ナウシカ」なので、まあ、そうなるのかな、と。

 公式サイトなどを見ると登場人物として、主人公とヒロインのアレン&テルー、ハイタカ&テナー、クモ以外に国王や王妃、はては女主人やハジア売りまで出てきてどんな活躍?をするのかと思うが、本作では最初の5人がほとんどすべての登場人物であり(あとクモの手下のウサギくらいか)、それだけに素直であり、原作を知らなくてもストーリーを追い易い。
 名前で相手を支配するというのは「千と千尋」でもそうであったが、安倍清明を例に出すまでもなく、昔から諱(いみな)と字(あざな)を使い分けてきた言霊信仰の日本人にはわかりやすい。もっとも近代以降は日本人は名字をもらった代わりか、忌み名と字の使い分けをしなくなり、現代人はハンドルネームと本名を使い分けているのか・・・。

 一度見ただけでは解決しない疑問はいくつかあるが、それはそれでいいと考えるようになったのは、直前に読んだ、佐々木隆「「千と千尋の神隠し」のことばと謎」のおかげか。ハイタカがテルーを見て「まさか」と思ったのは何だったのか。テナーの家からの道につきあたりアレンは右に、テルーはなぜ左に行ったのか。公式サイトのストーリーで「クモと呼ばれる男がいた」とあったけどクモは魔「女」ではなかったのか、とさっき気が付いた・・・。

 ところで、宮崎・ジブリ作品はほぼ全部見ているが、ロードショーで映画館で見たのは初めて。
 今回見たのは昨年、近隣に出来たワーナー・マイカル・シネマズ(WMC)(多摩センター)。自宅から車で数分。しかも駐車場3時間無料、TSUTAYAカードのポイントまで付く。(ちなみに半券で近所の三越レストラン街も5%引きだそうだ)。
「春の雪」、「スターウォーズ エピソード3」を見た東宝シネマズ(南大沢)に比べると音響設備や収容人数(スクリーンの大きさ)などでやや劣るところもあるが、1フロア構成で館内移動が楽。何よりも車で行けるので、終電を気にしながらレイトショーを見る必要はない(南大沢は駐車場利用者は1800円から300円割引を受けられるがレイトショーはもともとが1200円なので割引なしか?)
 22:57に映画が終わり、23:15には帰宅していた。

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佐々木隆「「千と千尋の神隠し」のことばと謎」

「千と千尋の神隠し」のことばと謎
 佐々木隆「「千と千尋の神隠し」のことばと謎」を読んだ。宮崎アニメの解説本は以前に3冊ほど読んだが、正直、あまり面白くなかったが、今回のは面白かった。
 よく見ているなあと感じたのはヒロインの本名「荻野千尋」の「荻」がこの字ではなく、「つくりが火でなく犬」という話。千尋が湯婆婆と契約し、名前を取られてしまうシーン。このシーンの確認を含め、こちらの知識不足というか記憶不足を認識したので、1/4ほど読んだところで、「千と千尋の神隠し」のDVDを再度見直してから読み続けた。
 「千と千尋の神隠し」は最初見たときは各種の賞を総なめするほどのものとは思えなかった。
  ストーリーの面白さでは「ナウシカ」「ラピュタ」にかなわない、話の重さでは「もののけ姫」が上、軽快さと懐かしさでは「トトロ」「耳すま」が上、という感じで、ぼく自身のランクはいまいちだったのだが、見直してみたら、かなりランクが上がった。
 あとがきは「宮崎アニメをビデオで繰り返し見ているうちに、映画館で見たときはそれほど感じなかったシーンに改めて感激し」という書き出しで始まるが、まさにそんな感じである。
 著者は「トトロ」を100回以上見て、今までは「ナウシカ」「トトロ」「もののけ姫」「耳すま」を論じて来た大学教授。引用はアリストテレス、ニーチェ、ダ・ヴィンチからサンテグジュペリ、「不思議の国のアリス」など多種多用。ある意味では並べすぎで一部にはややこじつけっぽい部分もあるが、本質的には面白い。
 以下、目次
はじめに あらすじ
1 題名について
2 入り口
3 時計台と時計について
4 ゴースト・タウンの店
5 夢とファンタジーについて
6 癒しから働くことへ
7 飛ぶということ
8 神と人間
9 ハクという少年と千尋
10 「カオナシ」について
11 両親が豚になったことについて
12 顔と名前について
13 油屋とは何か
14 湯婆婆から銭婆へ
15 騒動の後始末
16 最後の試練
補論
あとがき

最初に映画を見たときから「カオナシ」が気になっていた。それと最後に12匹の豚から両親を当てるシーンでなぜ正解できたのかが気になっていたが、それなりに納得できた。

なお、本書を読むには「千と千尋」はもちろんだが、「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「もののけ姫」のアニメは見ておいたほうが良い。

ちなみに「千と千尋」の企画では当初、柏葉幸子「霧のむこうのふしぎな町」のアニメ化を検討していたが、この本は「耳をすませば」の図書館のシーンで天沢聖司が読んでいるそうだ・・・。

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「山 記憶と表現」展 AT 田淵行男記念館

9月5日(火)から10月1日(日)まで「山 記憶と表現」が田淵行男記念館で開催される。
http://azumino-artline.net/tabuchi/2006/08/post_9.php
 
9月17日(日)には山岳写真研究家の杉本誠さんによるギャラリートークも開催される。
http://azumino-artline.net/tabuchi/2006/08/post_4.php

山を愛する写真家たち―日本山岳写真の系譜ナチュラリスト・田淵行男の世界
 杉本誠さんと言えばたぶん日本でただ一人の「山岳写真研究家」ではないか。


 先日「ナチュラリスト 田淵行男の世界」を再読したが、ご子息の田淵穂高氏や弟子の写真家水越武さんの文章に混じってある意味で異彩を放っていたのが杉本さんの文章だった。
 また「ナチュラリスト~」と同じ東京都写真美術館刊行の「山を愛する写真家たち 日本山岳写真の系譜」の冒頭にも杉本さんの文章があり、この本も購入してしまったので余計に氏の印象がある。

 田淵行男記念館のサイトの情報によれば、今回の展示は「穂苅三寿雄・冠松次郎から白籏史朗・水越武まで」「 ほかには百瀬藤雄・河野齢蔵・船越好文・風見武秀・新妻喜永といったいずれも必見の作品」で「山岳写真史を彩る写真家18名の作品全40点で構成」とのこと。
 白籏史朗は食傷気味だが、最近は船越好文や山本和雄、岩橋崇至、新妻喜永あたりも見始めているのでちょっと興味がある。

ギャラリートークの日は無理としても見に行きたいものだ。まだ招待券が1枚残っている(といっても入館料は300円だが・・・)

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