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田部重治「峠と高原」

峠と高原 田淵行男の写真文集「安曇野挽歌」の巻末随筆に美ヶ原を讃える二つの名文が引用されている。ひとつは「登りついて不意に開けた眼前の風景にしばらくは世界の天井が抜けたかと思う」に始まる美しの塔を飾る碑文、尾崎喜八の「美ヶ原熔岩台地」。そしてもうひとつがこの田部重治「峠と高原」の「美ヶ原と霧ヶ峰」の一文である。
昭和5年11月。三城牧場からその日の10時に高原にたどりつた田部は、「何と美はしい高原であろう」いう感嘆ではじまり「此の大きな高原を信越線と中央線との間の一つの邪魔者として、名も知らぬ山塊として取扱つたのは、何と大きな誤りであつたらう。和田峠の北方に蜿蜒と続いてゐる美ヶ原一帯の尾根は、日本アルプスの何処にも見出されないほどの美はしい高原であり、ユートピアである」と自省と称賛をしている。
この本のこの一節を読んだ翌日くらいに冒頭の「安曇野挽歌」の一節を読んだのは偶然だった。田部がユートピアと言い切っていたのは印象に残ったが、引用されるほど有名な文とは知らなかった。

 というわけでこの本は昭和初年の田部重治による峠と高原と山旅の記録が中心であるが、関連する随筆もいくつかある。いずれも山旅にふさわしいゆったりした基調の文章であり、田部らしい淡々とした文章である。「峠」「高原」の一文では田部の好きな峠と高原をあげて魅力を語っている。

本題とははずれるが興味深かったのはスキーにまつわる随筆。ある程度の年齢になって新しいスポーツを始めるのは気持ちはあっても恥ずかしさが先にたちなかなか始められない。スキーも同様だが、田部自身も最初は猛烈に拒絶していたのに始めてみるとはまってしまった、スキーがあるために今までの暗く寒い冬が待ち遠しくなったと綴っている。
 あと、これも本題とは関係ないが、東京府下の最高峰が奥多摩・石尾根の「鷹ノ巣山」だったこと。三多摩地区が神奈川県から東京府に編入されたのは昭和7年だった。

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