田淵行男「山は魔術師 私の山岳写真」
「山は魔術師 私の山岳写真」は田淵行男の最後の著作であり、病床で執筆(口述筆記)や割付を指示していたが、完成を見ることなく亡くなった。
巻末に収録される著作目録では、1964年刊行の「私の山岳写真(東京中日新聞出版局)」は「撮影手引」とされるが、この作品は「写真文集」となっており、技術書というよりは自らの山岳写真のスタイルと想いを記述している。
田淵亡き後の、構成は水越武が行っている。
前半は例えば「構図」といったテーマに沿う作品集であり、後半に田淵の解説が入る。従って素直に頭から読めば、すばらしい写真集である。
しかし、最初に後段の解説をテーマごとに読み、次にそのテーマに沿った前半の写真集を見ると田淵の作品への意図がよくわかり、より楽しみが多い。ぼくはこの方法で読んでみた。
言い換えれば、作者自らが作品の意図や鑑賞の仕方を技術面から説明した写真集と言える。
ただし、これを読めば田淵のようなすばらしい写真が撮れるわけではないことはもちろんである。
田淵はあまり詳細な技術論は書かない。
あえていえば「構図を単純化するために望遠レンズを使う」ということくらいかもしれない。この考えは昭和42年刊行の写真集「山の時刻」の巻末に詳細な記載があるが、このときの主張となんら変化はなく、しかも「山の時刻」での書き方がやや力が入っている印象であるのに対し、「山は魔術師」での語り口は自然である。
強い意志を持って粘り強く山の表情を捉える田淵行男は、まさに魔術師であるが、あえて撮影対象の山を魔術師と呼ぶようになった田淵の平穏な心意気を書名から感じる。
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