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都会の本・田舎の本

東京小説
東京小説
椎名 誠、林 真理子、藤野 千夜、村松 友視、盛田 隆二による短編小説集、東京小説を読んだ。もともとフランスの出版社が日本では有名だけれどフランスではまだ無名な著者達に東京の街をイメージした短編を書いてもらったものを日仏同時発売したものである。
 描いた街は、順に銀座、青山、下高井戸、深川、新宿である。

ちなみに2枚並べた写真は左が絶版の単行本、右が角川文庫である。読んだのは単行本の方。こちらのほうが装丁の雰囲気はいい。

 椎名誠の銀座は、いかにも氏のサラリーマン時代の銀座のイメージであり、いわゆる夜の街の銀座ではないが、椎名誠の本をほぼ全部読んでいるぼくにはなじみがある。林真理子の青山はバブルのころの「三高」願望のような印象があり、やや時代的にずれている印象があるが、今でもこの傾向は変わらないのだろうか・・・。まああえて「三低」を選ぶことはないだろうが。
 藤野は初めて読んだがけっこう売れているらしく読みやすい。エレベータも電車もだめな移動体恐怖症のヒロインには少し考えさせられるところあり。村松のはあまり面白くなかった。
 盛田も初めて読んだ。新宿、歌舞伎町、裏社会ということでテーマ的にいかにもエキサイティングであり、読み応えがある。新宿という街はそれだけでエキサイティングな流れに似つかわしい。

 東京を知らない人にどう写るかはわからないが、東京人にとってはある意味ではなんの変哲もない日常のスケッチでもあり、東京を紹介する小説集としては成功している。休みの前日の夜にでも読みたい本だ。

八ヶ岳暮らし―山麓に永住山荘を建てる
さて、八ヶ岳暮らし―山麓に永住山荘を建てるは、先週読んだ宮崎光の本。たまたま図書館で見つけた。
 著者が44歳で東京暮らしのままセカンドハウスとして八ヶ岳南山麓に家を建てる話である。この件は別の本で場所探しやらいくつかシリーズがあるようで、この本は実際の土地選び、水道、家の建て方、素材などなどについてのお話。
 それだけであれば、別荘や田舎暮らしに興味のない人であれば、なんだ、ということになる。ぼくもその点はまったく興味がない、ということでもないが、まあ、あまり興味はない。ネット上の知人に宮崎氏と同じ町内にやはり東京からの移住者がいるので少し気になる程度であった。

 しかし読み始めるとなかなか面白い。
この本ではもちろん主要なテーマは上記のとおりであり、そういう意味ではある種の実務書であり手引きであり、ハウツーものなのだが、大げさに言えば、日本人とは、日本人の嗜好とは、日本の自然とは・・・、そんなことが論じられているように思える。

 もちろん、この本はこれからふつうに都会に一戸建てを建てようという人にも十分参考になる。
幸か不幸か、すでに持ち家がある方にとっては、氏の説く「終の棲家」のあるべき姿と自宅をあまり比べないほうがいいだろう。

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Good Luck

Good Luck

Good Luck
たまたま欲しい本と2冊セットでネットで売りに出ていたので購入して読む機会に恵まれた。

蹴りたい背中蛇にピアスを読んだ時にも感じたのだが、日本でベストセラーになるには、まずは「簡単に読めること」が大事なのだろう。
だから、帯には「9歳から91歳まで」と9歳でも読める内容であることを高らかに宣言している。
なるほど、小学生高学年あたり、太宰治「走れメロス」を読める世代であれば読める内容だ。文章も難しくない。

 この本の原作は構想3年、執筆8時間だそうだ。

 執筆8時間の作品にストーリー性を期待してはいけない。最初の1/4を読めば(途中で挫折せずにそこまで読み進めることができれば)あなたにも結末が見えてしまう。
 でもそこで読むのをやめてはいけない。
 せっかく手にした本なのだから、そこまで読めればあとは20分ほどで読めてしまうのだから・・・。そして読み終わったあなたは、アマゾンのこの本のレビューに多数書かれたようなすばらしい読後感をきっと得られるだろう。

 そんな読後感を持ったあなたとぼくは友人にはなれないけどね。

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源 義経

源義経
 大河ドラマのせいで司馬遼太郎以来2冊目となる義経の本を手にした。さすがに義経ともなると地元の図書館にも多数の本があるが、今回はもっとも史実に忠実そうでしかも楽に読めそうな岩波新書のこの1冊にした。五味 文彦「源義経」。著者は日本中世史が専門の東大教授。
 まあ、歴史の専門家が書く義経だから、史実に忠実である。
 義経に関わる本は鎌倉幕府の正統史の「吾妻鏡」をはじめ多数あるが、それらの史書を成立年代から記載事項の信憑性を検討しつつ、そこから得られた「義経」の真実を描こうとしている。
 主な史書としては「吾妻鏡」「玉葉(藤原兼実の日記)」「平治物語」「平家物語」「義経記」「徒然草」など。

 さて、義経、弁慶といえば五条大橋から始まり安宅関を経て、衣川での立ち往生、はたまたジンギスハーン伝説となるわけであるが、もちろんその多くは伝説に過ぎない。

 大河ドラマでは運命の出会いとなっている五条大橋であるが、ここが登場するのは「弁慶物語」である(その前に北野天神で戦っている)。
 しかし、「義経記」では、五条天神から清水寺が出会いの舞台であり、大河ドラマのように弁慶が義経に惚れ込んで家来になったのではなく、義経が弁慶を家来にしようとして勝負をかけたようだ。 
 さらに、「平家物語」で弁慶が登場するのはなんと一の谷の合戦のあとである。一の谷とは絶壁の鵯越を義経が馬で降り平家に奇襲をかけた戦いである。もちろんすでに牛若丸でも遮那王でもなく義経である。牛若丸と弁慶の五条大橋とは時期もまったく違う。
 最後に「吾妻鏡」。この本では義経が頼朝から京を追われ西国に没落するときにはじめて登場する。もちろん弁慶はその来歴もよくわかっていない。

 というと、いかにもロマンのない本のように見えてしまうが、これらの物語や史書の正当性や歴史的な評価の検討はもちろんされているが、これらの史書をもとに少し高い場所、判官びいきとは対極の位置から義経そして頼朝を眺めることができる高度だがわかりやすい中世史の本になったのは著者の面目躍如といえる。この本を読むと鎌倉にいながら京や朝廷を操った頼朝の政治家としての凄さと京にいたからこそ自分の立場や頼朝の考えが見えなくなった戦闘家義経の違いがよくわかる。

 というような、史実を頭に入れたうえで物語「義経」を見たり読むのは物語の価値を貶めるものではないだろう。

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宮崎光「甲州 知ったかぶり」

甲州知ったかぶり
 信州・長野という国は、東京人であるぼくの個人的な感覚では、南・北・中央の日本アルプスをかかえ、夏は花と高原のさわやかなイメージがあり、冬将軍とともにスキー場が華やぎ、幾多のそばと地酒を産むメジャーな地域の印象が強い。
 一方で甲州という国は、信州よりはやや中途半端な印象がある。南アルプスをかかえ、なんといっても長野にはない日本一の富士山を抱えているのに。ブドウやワインを産み、武田信玄が出たのに、である。
 たぶんこんな印象は東京人共通の印象ではないだろうか。そしてその理由はたぶんに地理的なものではないだろうか。そうなのだ山梨県は近いのである。泊りがけの旅の範囲になかなかならないのである。奥多摩湖を遡れば知らないうちに山梨県丹波山村になっているし、中央道を走れば小仏トンネルを抜け、神奈川の一角である相模湖を過ぎればすぐに山梨県上野原町である。
 山梨県、甲州は旅の目的地というよりも、東京から見ると群馬県や栃木県あたりの印象、関東圏なのだろう。

 ところが、いや、それゆえにか、甲州はぼくにはなかなか好ましい地域なのだ。
 車で日帰りで中央道を行くことの多いぼくに、信州はちょっと遠い。信州も諏訪あたりは日帰り県内だが、安曇野や長野、南の飯田方面では日帰りはちょっときつい。
 そんなわけでぼくにとってちょうどいい活動圏は甲州なのだ。
 もちろん距離だけの問題ではなく、いろいろ行きたい場所があるからである。

 日帰りが多いので宿に泊まることはほとんどなく、甲州の名産を楽しむとなると昼となる。せっかく来たのだからおいしいものを、あるいは珍しい場所で、と思うのであるが、いつも事前の情報不足であまり「当たり」にめぐり会ったことがない。グルメではないけどまあそれなりのものに巡り会いたいものだが、ガイド本が少ない。
 試みに地元の図書館の観光書コーナーに行くと信州のガイドは数あれど、甲州のガイドはほとんどない。これも東京人の意識と印象のせいだろう。甲州ガイドは信州ガイドほどきっと売れないのだ。

 そんな中で昨日、たまたま図書館で見つけたのが、表題の本である。
宮崎 光「甲州 知ったかぶり」という。
「はすっかいの視点で書かれた新・山梨見聞録」と表紙には書かれている。
 最初の一文「江戸の仇を八ヶ岳で討つ」を読んで、著者の語り口に引き込まれた。
あとは一気に読んだ。 久しぶりに面白い本を読んだ。

 というわけで、裏表紙にある目次の写真をスキャンした。
甲州知ったかぶり目次

 昭和17年東京生まれの東京育ち。少し前まで銀座でコピーライター。「いつかはクラウンに」という名コピーも残している。そんな著者が10年前に山梨の西の端に庵を構え、最近、転居してきた。
 東京人の著者の東京への想い、もっと具体的には東京人としての食の好みを甲州で実現するお店の紹介が中心の本である。(目次の写真をクリックして拡大すると、お店の名前なども表示される)

 食だけでなく甲州そのものを知る本でもある。「ほうとう」や「石垣」についての一文はなるほどと思わされる。 てんぷらにソースをかける人、ひやむぎに水を張らない国がわかる本である。

 しかし、この本、アマゾンでは発見できなかった。紀伊国屋書店では発見したが購入できないようだ。2000年12月28日発行なのだが、すでに絶版なのだろうか。著者のほかの本はアマゾンで購入できるが、この本はできない。こちらには掲載されているので注文できそうだ。

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巨大銀行システム崩壊

小説 巨大銀行システム崩壊

 杉田 望「小説 巨大銀行システム崩壊」という本をたまたま図書館で見かけたので読んでみた。初めて名前を聞く人だ。
 目次を見ると「リレーコンピュータ」などというのもあり、いかにも2002年4月のみずほ銀行のシステムトラブルの本のようである。しかし、アマゾンのユーザレビューにいくつも書かれているとおり、この本であの事件の詳細な内容や内幕を知ることはできない。そういうことを知るのであれば日経コンピュータ「システム障害はなぜ起きたか~みずほの教訓」の方だろう。こちらは発売直後に読んだ。
 さて、表題の本であるが、奥付けを見ると2002/7/10印刷、25日発行となっている。トラブルから割りと短期間に書かれているが、日経の方は6月、もっともこちらはドキュメンタリに近いので単純比較できないが。
 しかしここまでシステム障害の話が書いていない本も珍しい。

 ただこの小説の題名の「システム崩壊」とはITそのものはもちろんであるが、金融庁や銀行全体も含めた仕組みを含めて言っているのではないか、という気もするが・・・・。

 作者の意図は二つ考えられる。
ひとつは、みずほ銀行が金融庁に「システム統合作業は順調だ」と虚偽の報告をしたという金融庁の言い分が違うといいたいか、もうひとつは統合直前に行われた金融庁の特別検査についての小説を書いていたらシステムトラブルが発生してしまったので発売時期に合わせてそのネタを少し入れて題名も変えた・・・。

 金融小説は高杉良と江上剛くらいしか読んだことがないが、高杉とはもちろん江上剛と比較してもいまいちである。
しかし、男臭い金融・銀行・金融庁の話だから仕方ないのかもしれないが、登場する女性たちと主人公たちがあまりにも安易な関係である。

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スカンジナビア号保存署名運動

スカンジナビア保存署名

カシミールによる衛星画像のスカンジナビア
 アマチュア自然写真家である富嶽仙人さんの掲示板で、西伊豆のスカンジナビア号の営業終了を知った。
 いまや巷にインターネットのライブカメラはあふれているが、8年前にこの船に富士山ライブカメラ第1号である「ずっと富士山」を設置したのが、サンプラスさんの代表太田黒さんである。このカメラの設置には同じ@niftyFYAMAPのメンバー、カジノキさんが活躍され、完成記念をかねてFYAMAPでオフを開催したことも懐かしい。折から20世紀最大の彗星といわれたヘールボップ彗星が近づいていた時期でもあり、今は亡き日本流星研究会の高梨雅彰さんに船上から彗星を見せてもらったりした。

 母体の西武鉄道がおかしくなる以前からも営業的には決して良好とはいえなかったこの船のホテルに営業終了が訪れるのは仕方ないとしても、横浜の氷川丸のように西伊豆にスカンジナビアあり、といわれるこの船がどのような形であれ残せることができれば、と願う。

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ライブドア・地裁仮決定に拍手

中学や高校の頃、ラジオの深夜放送が楽しみだった世代であるぼくにとって、谷村新司はフォーク歌手(古いなあ)ではなくて「天才・秀才・ばか」の文化放送・セイヤングのパーソナリティだったし、野沢那智と白石冬美は「アランドロンの吹き替え」と「星飛雄馬の姉の明子の声」ではなく、TBSパックインミュージックの金曜日のパーソナリティだった。
 そんなぼくにとってはカメさんも「オールナイトニッポン」のDJの一人だった。少なくとも彼が亀淵社長と同じ人と知るまでは。

 ぼくはライブドアの堀江さんは好きではない。
 たまたま昔の仕事でお客さんだった会社と「オンザエッジ」の頃の彼の会社とトラブルがあった。当時はすでにそのお客さんとは付き合いがなかったので真相はわからないし、贔屓眼もあるが、あのときの印象は「オンザエッジの堀江:なんとなくうさんくさい」という印象で、今でもその印象は変らないし、年齢を別としても彼の下で仕事をしたいとは思わない。

 それでも今日の東京地裁の判断には喝采を贈りたい。
 特に、時間外取引について違法ではないと断言したことがすばらしい。
 相当な圧力があったのではないか、と思う。いや、地裁だからそれほどのことはなく、この後の高裁、最高裁になるほど圧力はあるのかもしれない。

 しかし、マスコミと時間外取引に対する政治家の異様な反応を見るにつけ、たとえ実際には何もなかったとしても、決定を下す地裁の面々には相当なプレッシャーがあったと思う。
 もちろん、背景には海外も注目している一連の事件であり、ここで日本の司法は終わったと思われたくないというその筋の支援もあったのではないかと思う。

 ニッポン放送とフジテレビの資本のねじれについては、以前から多少株に知識がある人なら知っていたし、コクド・西武の事件のときにもあらためて話題になった。それでも放置されていたのはフジやニッポン放送の経営陣の意識のなさであり、パートナーである大和證券SMBCの大チョンボだろう。すでにSMBCのそれなりの人のクビは飛んでいるはず。

 まあ、最高裁でひっくり返るストーリーなのかもしれないが、久し振りに気持ちのいいニュースを聞いたので・・・。

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アジャイル開発と「ザ・ゴール」

リーンソフトウエア開発~アジャイル開発を実践する22の方法~

 久し振りにソフト開発手法の本を読んだ。リーンソフトウエア開発~アジャイル開発を実践する22の方法~である。

 アジャイル開発の本は、XPエクストリームプログラミングが話題になリ始めた頃に「XPエクストリーム・プログラミング入門―ソフトウェア開発の究極の手法」を読んで以来である。

 作る側にとってXP型のいわゆるイテレート開発は魅力的であるが、ユーザ受けしにくいし、なぜイテレート開発がいいのか、という理由がユーザ向けに説明されていない。

今回、オブジェクト倶楽部の主管である平鍋さんたちが翻訳したこの本は、作る側のためでもあるが、使う側・ユーザ側の視点を意識した書き方になっている。

 トヨタの自動車生産の設計部門との比較で語られるこの本は、ソフトウェア全般にわたる生産管理に近い。CMMやPMIを「部分最適化」に陥る手法として警戒している本書は、参考文献もソフトウェアやIT部門以外の多数に上るが、その中で個人的に注目したのは「ザ・ゴール」である。


「ザ・ゴール」

 TOC(制約条件)理論の本とされるこの小説を実は読んだことがなかったが、「リーンソフトウェア開発」で語ろうとしていることと、「ザ・ゴール」が語ろうとしたことは同じ方向ではないか、と思い、「ザ・ゴール」も読んでみた。

 さすがに小説としては、三流であるが、その分わかりやすい。

 この本、そしてTOC理論は日本語2001年に日本語訳が出た当時に有名になった理論なのかと思い込んでいた。というのもその頃の流行が「スループット会計」だったので・・・。ところがこの理論そのものは85年ころのもので、原著も日本語訳よりも15年も昔のものだと今回初めて知った。
 さて、そんな昔からこの本のなかでは「どうしてそんなことができるのか」と不思議がられる日本の自動車生産、たぶんにトヨタのかんばん方式なのだが、ソフトウェア業界でも日本の自動車産業から20年近く遅れて、常識の見直しや評価体系の作り直しが行われつつあるということか・・・。

 TOC理論が有名になる以前にTOC理論を実践していた日本の自動車産業の、その生産管理を支えたであろうソフトウェアはどういう方式で構築していたのだろうか・・・。やっぱりウォータフォール方式だったのだろうか。

余談であるが、アジャイルシリーズ第1弾の「リーンソフトウェア開発」はオブジェクト倶楽部の翻訳であったが、第2弾のアジャイルと規律 ~ソフトウエア開発を成功させる2つの鍵のバランス~の翻訳はウルシステムである。

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