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マナスル登山隊の地図

マナスルの地図 872KB

 ぼくが参加している@niftyのグループ(フォーラム)に「山の展望と地図のフォーラム(FYAMAP)」がある。この10月で設立10周年を迎えた。先日、昔話ついでに、オフでいただいた「マナスル登山隊の地図」(画像参照)をアップしたところ、けっこうな話題になった。

 日本の山岳史上初となる8千メートル峰初登頂であり、当時の国家的なプロジェクトである「マナスル登山隊」の地図であるからには、それなりの「お宝」であることは、オフの時からわかっていたが、いただいた後は時々眺めるものの、猫に小判状態が続いた。

 今回、この地図の由来などを地図の専門家やマニアの方から聞くにつれ、なんとなくスクラップブックに死蔵したままで良いのかな、という気持ちになった。
 というわけで、この地図をスキャンして、原寸大のPDFにしてみたのが左の地図(縮小画像)のリンク先である(サイズは872KB)。

 備忘として、今回分かった由来などを簡単にまとめておきます(@niftyでの各氏の発言を元に多摩の岳夫が加筆修正しています)。

1.地図の由来
 この地図と同じものが『マナスル 1954~6』(日本山岳会編・毎日新聞社刊・1958年発行)に掲載されている。(ちなみにこの本は古本屋価格で4千円から2万円程度で取引されているようだ)
 
 同書によれば、1952年踏査隊の中尾佐助氏が、ベースキャンプ近くに基線をとり、トランシット(水平角と鉛直角を測定する測量機器)に装置したカメラで撮影した写真を基に原図を作成した。
 1953年、54年、55~6年の三次に及ぶ登山隊は、多くの写真を撮影し、高度も何地点か実測して、原図の誤りも幾つか指摘された。
 これらの資料は、地理調査所の篠邦彦氏の許に持ち込まれ、地形図の作成が依頼された。篠氏は原図を再検討し、新たな資料に基づいて再計算して地図の骨格を作り、同所の吉倉喜一氏の助力を得て作図された。

 ここで使われた写真を基にする技法は、昭和5年ごろに陸地測量部によって、北アルプスの5万図における稜線部の修正に使われたことがある。しかし例えば、頂上プラトーから南峰へかけての地図は写真測量だけでは作れないので、マナスル隊は初登頂はもちろん、地図の作成にも相当の努力をしていたと推測される。
 文中に登場する、篠邦彦氏は「写真測量(新版)」などの著作もある航空写真測量の発展期から絶頂期の権威(1908~2000)。

2.入手経路
 FYAMAPの昼間のまじめなオフ会である、地図情報研究会に日本山岳会の松田雄一氏にお越しいただいたことがあり、その時のお土産。上記の本に使用した残りの地図。製本前の1枚の大きな紙に地図が複数印刷されている状態のものをその場で一枚一枚に裁断して、参加した皆さんにくじ引きで配布した。

P.S 画像右下の縦線は(よく見るとその下に横線が少し見える)印刷業界でいう「とんぼ」という印で多色刷印刷の時に基準となるポイントであろう、ということも教えていただきました(裁断線かもしれません)。
 それと実に恥ずかしいことに、この地図はマナスル登頂の「ために」事前の調査で作成した地図だと思っていました・・・。そうではなくてマナスル登頂の際に測量した結果を元に作成した地図なんですね・・・。未踏峰の8千メートル峰の氷壁を登るのに地図なんか役に立つ訳ないか・・・。

なお、この地図は測量法に言う「基本測量の成果」ではないでしょう、との意見もありましたので国土地理院の承認手続きをパスしたままアップしてます。

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