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新撰組をめぐる雑文

沖田総司

童門冬二「沖田総司 物語と史蹟をたずねて」を読んだ。

 なんか意味不明の本でした。沖田の幼少から死までをエピソードで綴り、ついでにところどころに史跡の紹介のコラムがある。コラムの史跡紹介はまあまあかも知れないが、本編がだめだ。
 いわゆる沖田らしさがにじみ出るような場面もあることはあるのだが、いかんせんひとつのエピソードが短すぎる。


新選組血風録
ま、そこへいくと新撰組のエピソード集である司馬遼太郎「新選組血風録」はやはり読み応えがある。昨日のブログにも書いたが、たとえば沖田の話である「菊一文字」など談志が朗読のCDを出すだけのことがある。たんたんとした語り口の中でも沖田の心情とか性格とかがよく出ている。最後の決闘シーンなどつばぜり合いの描写のひとつもないのに、情景が浮かんでくる。さすがである。
 新撰組はそもそもは殺人集団である。だからストーリーも誰かが必ず殺される。しかも新撰組内部での殺戮がいかに多かったか。
これを映画にすればかなり残酷なシーンが多数出てきてR指定間違いないのであるが司馬が語るとそういうことはきれいに抜け落ちて、刀さばきの鮮やかさにうっとりしてしまうように思えるのが凄い。


燃えよ剣

 昨日のNHKのTVがあまりにもひどかったので、ついでながら同じく司馬遼太郎「燃えよ剣」にもちょっと・・・。
この作品での司馬遼太郎の語り口はいつも淡々としている。語り部に徹していて自らの感情を吐露することはない。その語り口は読者はもちろん司馬自身も土方にはなれないと悟ったような語り口である。冷酷な参謀を演じる土方を語るにはこのような鳥瞰図的な描写がよくあっている。
  同じような語り口は、「坂の上の雲」の秋山真之、「国盗物語」の織田信長、さらに遡れば「空海の風景」の空海などの天才を語るときに多く見られる気がする。一方で司馬が気持ちを込めた語りをしないかというとそうでもない。「菜の花の沖」や「韃靼疾風録」などの冒険譚は少なくとも違う。
 だから(でもないが・・・)土方を語るには土方の気持ちになろうなどとしてはいけないのである。昨日のNHKのTVで一番違和感があったのはここに尽きる。土方が生きた時代とは時代背景も環境も経歴も違う一般視聴者に対して「土方と同じ気持ちになって人生の岐路を考えましょう」ということが無理なのだ。
 なんだか司馬論だか土方論だかNHKの番組論だかわからなくなってきたが、大河ドラマでもなんでも制作側は製作したものを公開すればいいのであって、その思想までも無理に押し付ける権利はないのだ。

 p.s 昨日のブログにコメントおよびトラックバックをいただいた白牡丹さんによれば放送された内容にも史実と違う事象が散見されるようだ。
 歴史好きの日本人のしかも人気のテーマなのだから、このあたりの考証はきちんとしていただきたいです。
 世界の果てまで長期間の取材をしたドキュメンタリーとああいうお手軽企画の番組が同じ時間の枠を使うことに妙な疑問を感じる・・・

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