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大藪宏「物語 日本の渓谷」

本丸と同じ内容です。

物語日本の渓谷

 大藪宏「物語 日本の渓谷」。 沢は怖いので興味はないけど、目次に魅かれて読んでしまった。なかなかマニア向けで面白い・・・。
その目次にしたがって・・・・

大井川渓谷最後の秘境-接阻峡物語:中村清太郎の「山岳渇仰」を読むまでは、南アルプスの南部は静岡側から入山することは頭ではわかっていたものの、大井川という名を見て、島田-金谷の間の渡しを思い浮かべるより早く、中村清太郎の文章を思い起こすようになった・・・。作者大藪氏曰く「日本アルプスにその源をもつ河川は多いが、流れ込む全水量をこの山域のなかで集める大河となると、北に黒部川、南では大井川ということになろう」「比較的狭い海岸平野の町から、私鉄が山岳地帯の入り口まで延びて、そこからトロッコ列車で峡谷見物ができるという状況は、北アルプスの黒部川峡谷下流部のようすによく似ている」・・・なるほど、などと思いながら紀伊国屋文左衛門の昔から林業最盛期の大倉喜八郎の時代を中心にこの川の歴史に迫るなかなか面白い読み物である。中でも大倉喜八郎が90歳の時に実行した赤石岳への大名登山は面白い。なにせふもとから山頂付近までほとんど自分の土地のようなものなのだ。戦前に皇族が登山したときもさぞやとは思うがたしかにこれこそが大名登山だろうという感じである。

・田部重治と歩く奥秩父の秘境-笛吹川源流物語:ぼく的には当然このくだりを見て借りたわけであるが、中身は前段の大井川とはかなり異なり、ホラノ貝を厳冬期に中を実際に通る話である。とはいえ、田部を知らない人にもわかるような導入部やホラノ貝を初めて見たときの感動などはよく伝わってくる。ちなみにホラノ貝とは笛吹川東沢の核心部のゴルジュ帯(両岸が迫った渓谷)であり、いわゆる「通らず(通過不能地帯)」である。ホラノ貝は水が凍らない時期には激流のため遡行は困難であるが、ここを迂回すればその先にたどりつくことはできる。そんな場所を厳冬期に決死の覚悟で通過してみようというのだから遡行とは基本的に岩登りと同じ感覚である・・・。

・多摩川源流流泳紀行:多摩川の源流域を泳ぎ下るものである。多摩川も奥多摩湖より上流はかなりの激流で何箇所も「通らず」がある。これを遡行するのは無理だけどボートや浮き袋を使えば下れるのではないか、といってやってしまったのがこの話である。まあ、それだけであればこの文章は「山と渓谷」誌に発表されずに「フォール・ナンバー」(白山書房)あたりに発表されただろう。この節も多摩川上流の黒川金山にまつわる話などもからめてそれなりに興味を持って読める。

・井上江花と黒部峡谷探検:やっぱりこれが一番面白かった。井上江花という人は知らなかったが富山の「高岡新報」という新聞の記者の人で黎明期の黒部を紹介するために、やや大名登山的な雰囲気はあるものの、当時の有名な黒部の主、助七(木暮理太郎たちも使ったことがある案内者)をつれて黒部川を溯る話である。この時期の話には当然ながらそれ以前の歴史的背景を知らないとちっとも面白くないのだが、そのあたり、すなわち佐々成政のさらさら越から前田家の支配のようすなどが詳しく語られており、時代背景を頭に入れたうえで読むことができるのでよい。
ちなみに作者の大藪氏はさらさら越はなかった、少なくとも行きはともかく敵陣からスタートする帰りはなかったとする派である。

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